真っ直ぐをのせて、すこし間違えたり回り道をしても、めぐりめぐって繋がるのはひとつ。
ただの純愛映画ではなかったー
僕等がいた。
後編は、それがよりつよく。
恋愛ものの映画となると、大抵女子側にたって、いろいろ思いを膨らませたり、たどったり、するけれど、
この後編はほぼ男子側で動いていったわたしの感情。
しかしもう、そこが苦しくって、苦しくって、なんだか、もうわたしずどーん。としてしまったよね。
なのでまた消化しきれず、ずどーんから、ずーーんになるくらいにしか回復しないままエンディングを迎えたのでした。
だけれど、映画がよくなかったわけではなくて、
わたしがすぐ入り込むからしんどすぎたというわけです。
やはり、ただの純愛映画ではないぞ、僕等がいた。
原作のほんわかした絵からして、こんなお話になっているとは想像つかなかった。。
だけどあれ。
運命って本当にあるのだと思ったし、本当にあるのだとも思ってきた。
わたし意外とロマンチストなのです。
それはその、恋愛だけではなくって、
いろんなひととの巡り合わせや、物事との巡り合わせ。
でもそれは、きっと手繰り寄せているのだと思う。
ただ、何もせず巡って来るのではなくて、きっと知らぬ間に動いている。
自分次第で運命は変わるのだと、わたしは思います。
って話逸れ過ぎ。
最終的に何が言いたかったかというと、
やはり、
生田斗真がかっこよ過ぎて
吉高由里子がかわい過ぎた
ということ。
指先のたどる回路
わたしのダメなところ。
知ろうとし過ぎるところ。
そう、そうなんだよーーー
し過ぎる。
でもこれ、何でもそうなのかもしれない。
わたし、し過ぎる。
過剰。
~し過ぎって、よく注意される。
それにいままで深く気付けていなかったけれど。。
し過ぎると、見なくていいものやが見えてしまう。
少し、のゆとりと、歯止め、は必要。
真っ直ぐと、真っ直ぐ。
ひさしぶりに映画を観にゆきました。
前からずっと観たかった、僕等がいた。
まずは前編。
うーん。。。
いちばんに思うのは、いろんなことがあり過ぎて、忙しくて、難しい。
感情がついていけない。
映像はとてもきれいだったし、はっとすることばも、考えてしまうことばもあったし、とにかく吉高由里子はかわい過ぎるし、生田斗真はかっこよ過ぎた。
だけど、高校生に降りかかっている、降りかかってくる、出来事やいろいろがもう大きすぎて。
わたしに降りかかっているわけでもなく、寧ろわたしは高校生でもないのに、ひとり苦戦。。
整理できず、感情を消化できず、見つからず。。。
受け止めて、消化できる物語の中の高校生ふたり。
高校生なのに受け止めて消化できるの?
と思ったけど、高校生だから、真っ直ぐだからできることなのかもと思ったり。。。
ただやはり、きらきらしたものにはとても惹かれて、
整理できないから一気に見ずに来週つづきを。。。と思って映画館をあとにしたれど、帰ってからすぐつづきが気になって気になって。
結局翌々日には後編を観に行ってしまう惹かれっぷり。
しかし、ひたすらきゅんきゅんする純愛物語かと思いきや。
後編は更に。。なのでした。つづく。
