だるま女
両腕両脚が無い女(だるまを語源とする)。
概要
戦前の見世物興行であった実話。
誘拐・拉致された女性が両腕両脚を切断され、「だるま女」として慰み者や見世物とされているという実態は明らかではない都市伝説。
都市伝説の例
海外旅行中、ブティックの試着室に入った妻がいつまで経っても戻ってこない。
不審に思った夫が扉を開けると、そこに妻の姿はなく、持って入った服だけが落ちていた。
現地警察に通報するも、目撃者がいない上、外国人である夫に警察は冷たく、早々に調査は打ち切られ、彼は帰国を余儀なくされた。
数年後、某国を訪れた夫は「だるま」と日本語の看板を掲げている店に立ち寄る。
そこは見せ物小屋で、やがて現れたのは両手両足を根元で切断され、壁に固定された真っ裸の“だるま”のような女だった。
舌も切断されているらしく、涎を垂らし、焦点の定まらない目で天井を見つめている。
その女は、あの日消えた妻だった。
歴史上のだるま女
■漢王朝を興した劉邦の正妻呂后は夫の死後、自分が生んだ劉盈(恵帝)の地位を脅かしかねないと、劉邦の側室であった戚夫人の手足を切断、更に薬物による会話能力破壊・聴覚破壊、眼球までくりぬき、生きたまま便所に配置し「人豚」と称して晒し者にしたとされる。
これは『史記』に記載され、呂雉の残忍さを表すものとして有名な逸話であるが、当時の医療技術でそのまま生存させることが可能だったかは疑問である。
■中国史上、唯一人の女帝である武則天も、亡夫高宗の寵愛を争った王氏(前皇后)・蕭氏(前淑妃)両名の四肢を切断後、「蟒」・「梟」と無理やり改名させるという恥辱を与え、処刑したとされる。
■清王朝末期、皇帝の寵愛を受けていた麗姫は西太后に妬まれ、だるま女にされたといわれるが、これは完全なフィクションであり、呂后や武則天と混同されているにすぎない。
1985年に日本で公開された中国映画『西太后』のラストでこのシーンが出てくるが、実際の麗嬪(麗妃)は咸豊帝の唯一の娘・栄安固倫公主を生み、咸豊帝の没後も後宮で静かな余生を送った。
同治、光緒期には麗皇貴妃、麗皇貴太妃に加封され、1890年に54歳で死去した。
死後、荘静皇貴妃と諡され、東陵の咸豊帝の定陵の妃園寝(側室達の墓)に葬られている。
乱丸のコメント![]()
この噂は聞いた事がありますね。
ゾッとするような話ですよね![]()
見世物小屋で実際に見せていたのでしょうか![]()
今じゃ考えられないような話ですが、現在も世界のどこかに見世物小屋なるものがあるとしたら怖い話ですよね![]()
記事に出てきた劉邦の妻、呂后の話は横山光輝先生の漫画「史記」で読んだことがあります。
悪女列伝に名を残した人ですね。
この「人豚」の行為を見た息子は「人間のする事じゃない」と言いショックのあまりに寝込んでしまったんだとか。
海外旅行中に誘拐されて起こる事件は多いですよね。
臓器売買されたとかよく聞く話ですよね![]()
みなさんも海外旅行の際には注意して行動しましょうね![]()