■徐福伝説 | 乱丸の不思議?

乱丸の不思議?

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メモ徐福


徐福(じょふく)は、中国秦朝紀元前3世紀 頃)の方士 国の琅邪 の出身。



メモ『史記』による記述


司馬遷 の『史記 』の巻百十八「淮南衝山列伝」によると、始皇帝 に、「東方の三神山に長生不老不老不死 )の霊薬 がある」と具申し、始皇帝の命を受け、3,000人の童男童女(若い男女)と百工(多くの技術者)を従え、五穀 の種を持って、東方に船出し、「平原広沢(広い平野と湿地)」を得て、王となり戻らなかったとの記述がある。


東方の三神山とは、蓬莱方丈瀛州 (えいしゅう)のことである。


蓬莱山についてはのち日本でも広く知られ、『竹取物語 』でも「東の海に蓬莱という山あるなり」と記している。


同じ『史記』の「秦始皇帝本紀」に登場する徐氏は、始皇帝に不死の薬を献上すると持ちかけ、援助を得たものの、その後、始皇帝が現地に巡行したところ、実際には出港していなかった。


そのため、改めて出立を命じたものの、その帰路で始皇帝は崩御したという記述となっており、「不死の薬を名目に実際には出立せずに始皇帝から物品をせしめた詐欺師」として描かれている。



メモ日本における伝承


青森県 から鹿児島県 に至るまで、日本各地に徐福に関する伝承が残されている。


徐福ゆかりの地として、佐賀県 佐賀市三重県 熊野市 波田須町、和歌山県 新宮市 、鹿児島県いちき串木野市山梨県 富士吉田市 、東京都八丈島 、宮崎県延岡市 などが有名である。


徐福は、現在のいちき串木野市に上陸し、同市内にある冠嶽に自分の冠を奉納したことが、冠嶽神社の起源と言われる。


ちなみに冠嶽神社の末社に、蘇我馬子 が建立したと言われるたばこ神社(大岩戸神社)があり、天然の葉たばこが自生している。


丹後半島 にある新井崎神社 に伝わる『新大明神口碑記 』という古文書に、徐福の事が記されている。


徐福が上陸したと伝わる三重県熊野市波田須から2200年前の中国の硬貨である半両銭 が発見されている。


波田須駅 1.5kmのところに徐福ノ宮 があり、徐福が持参したと伝わるすり鉢 をご神体としている。


徐福伝説のストーリーは、地域によって様々である。『富士文献 』は富士吉田市の宮下家に伝来した宮下家文書に含まれる古文書群で、漢語万葉仮名 を用いた分類で日本の歴史を記している。



メモ奇説


徐福がイスラエルの失われた10支族 の一つであるヨセフ(ジョセフ)ではないかという奇説が存在する。



テレビYouTubeから、いちき串木野市 徐福像

右矢印https://www.youtube.com/watch?v=OV4hNDHLWCI



乱丸のコメントひらめき電球


私は横山光輝先生の漫画が好きで、徐福の話を知ったのは「史記」を読んだ時でした。


徐福伝説についていろいろ調べていたら、何と日本に最初に上陸したのは私が中学1年生まで住んでいた串木野市だと聞きました。


それも私が住んでいた家から徒歩5分の照島神社に上陸したとの事。


当時、私は徐福の事などまったく知らずに遊んでいた照島神社。


この神社は島全体が神社というめずらしい神社です。


今までいろんな所に旅行なども行きましたが、こういう島は本当にめずらしいです。


この神社の鳥居の上に石を投げて乗せれたらいい事があると言われてました。


という訳で徐福がらみで生まれ故郷が出てきたので嬉しくてついつい記事にしてしまいましたニコニコ


この人って、やっぱり稀代のサギ師だったんですかねあせる


猜疑心の塊のような始皇帝が徐福の話を信じたのは、東の地方で海を見た時に蜃気楼を見たからだそうです。