きゃくしょく【脚色】
(1) 小説・事件などを、演劇や映画などの脚本に書くこと。
(2) 興味をひくように、事実に手を加えること。
(旺文社モバイル辞書)
昔から算数の文章題が苦手でした。
私が考えて計算した答えと
正解が異なり
その解説をきくと
確かに正しいのは理解出来るのだけど
どうもすっきりしない…
という事が度々あったから。
その真の原因が
大人になって
漸くわかりました。
『問題文の登場人物達が
私の頭の中で自分勝手に動いて
物語を作ってしまうから
私の答えは皆と違っていた』。
例えば
『友達4人で出掛けて
弁当やジュースの準備を分担し
それぞれが立替たので
実際は1人いくらかかったか?
また、ジュース代を立替えた○○さんは
弁当代を立替えた△△さんに
あといくら支払う必要があるのか』
こんな問題の場合
初夏を思わせる暑さとなった
ある晴れた春の日。
20代後半とおぼしき女性達が
昔ながらの木造駅の
駅員さんが立っている改札口付近で
集合している場面から
物語は始まります。
久々に皆揃って
おめかししてのお出掛けに
全員が心ウキウキ。
電車のボックス席を陣取り
ワイワイしながら
彼女たちは
目的地までの時間を楽しむ…
ここで物語は終了。
一見すると
短く感じる、この物語。
さに非ず。
改札口で皆が揃った途端
何事もキチンとしておきたい1人が
皆に清算する事を提案しますが
乗車してからにするべき
との他のメンバーの
至極最もな意見により
敢えなく却下。
そして乗車後。
ボックス席に収まった彼女たちは
お互いの近況や
今日の目的地について
ある者はお茶を飲みながら
またある者はお菓子をついばみながら
話をしていました。
電車が発車してから
かれこれ40分ほど。
お喋りに一息ついた
この一瞬を見逃さず
先程の速やかな清算希望の彼女が
再び清算を希望申請。
漸く清算に向けての
各々の申告が始まります。
…と、ここまでは問題なし。
みかんでも
ジュースでも
好きなだけ食べてもらって結構結構。
清算について交わされる彼女たちの会話を
よ~く聞いてみると…。
Aさん『切符代は、1人○○円で~す』
B『私が買ってきたお弁当は
1個○○円だから、
私はAちゃんに△△円渡したらいいのね?』
A『Bちゃん、ありがと~♪
お釣無しの丁度の金額だね。』
このような会話がなされ
問題の1人当たりの金額と
ジュース代を立替た人は
弁当代を立替た人に
いくら払うのか?
が解かれていくハズなのです。
しかし、
私の登場人物達は
この場面で独断の行動をとるのです。
しかもサラリと。
Cさん『私が買ってきたジュース代を
Bちゃんのお弁当代から差し引いて…』
Bさん『あ、Cちゃんには
こないだご馳走になったから
今回の弁当代は奢るよ。
いらない。』
確かに
人間社会で生きていくには
そのようなことってアリマス。
わかるわかる。
でも、算数の問題中で
勝手に『それ』やられたら
計算合わなくなるんだって。
Cさん『え~、いいの?
Bちゃん、ありがと~!』
こらこら!
ありがとうぢゃぁない!
「いえ、私の分はキチンと払います」
と何故言わない!
しかし、一番の問題は
流れに乗った彼女たちの会話に
不審を抱かない私。
事情を汲んだ清算の結果
やはりの誤回答。
毎回
かんCHANが算数の先生となり
私のなぜなぜ(?_?)攻撃を
見事な説明でおさめてくれていたのです。
…この問題の解説の時も。
私が間違った回答を
導き出した計算の理屈を
根気よく
かんCHANは確認していきます。
そして、例の
『社会生活を営むにあたっての
たしなみ』部分が
原因と突き止めました。
かんCHAN『Cさんの分足してないよ』
私『あ、それは
BさんがCさんに
「奢るからいらない」って』
私の説明を聞いたかんCHANは
一瞬口をぽかんと開けて
その直後
『そんな事、どこに書いてるの!?』
『え?』
かんCHANに聞かれて、
慌てて解答根拠を探すのですが
根拠は私の頭の中にしかなく
当然見つかる筈もなし。
しかもその時点では
まさか登場人物が
勝手に動いているなんて
私でさえも思ってもいない。
ウンウンしながら
記憶を思い起こして
『だって…Bさんがそう「言って」た…。』
ここで漸く、
かんCHANによって
全ての事の次第が解明されたのでした。
そういえば…と
過去の文章題を思い返すと
確かにそれぞれの場面を
『覚えている』のです。
薄明るい紫色の着物に
淡いベージュの帯を締めた母と
人気キャラクターが大きくプリントされた
薄汚れた白地のTシャツを
お揃いで着ている
2人の子供たち出演による
『年の差算』
何故だかいつも
小道具としてでてくる笹舟による
『川の流れ算』
画面いっぱいに
ゴニョゴニョと生物が動き続ける
『鶴亀算』…。
人はこのような私の頭の考えを
『雑念』と呼ぶ。
意図しない『脚色』だと思うんだけどなぁ。
(1) 小説・事件などを、演劇や映画などの脚本に書くこと。
(2) 興味をひくように、事実に手を加えること。
(旺文社モバイル辞書)
昔から算数の文章題が苦手でした。
私が考えて計算した答えと
正解が異なり
その解説をきくと
確かに正しいのは理解出来るのだけど
どうもすっきりしない…
という事が度々あったから。
その真の原因が
大人になって
漸くわかりました。
『問題文の登場人物達が
私の頭の中で自分勝手に動いて
物語を作ってしまうから
私の答えは皆と違っていた』。
例えば
『友達4人で出掛けて
弁当やジュースの準備を分担し
それぞれが立替たので
実際は1人いくらかかったか?
また、ジュース代を立替えた○○さんは
弁当代を立替えた△△さんに
あといくら支払う必要があるのか』
こんな問題の場合
初夏を思わせる暑さとなった
ある晴れた春の日。
20代後半とおぼしき女性達が
昔ながらの木造駅の
駅員さんが立っている改札口付近で
集合している場面から
物語は始まります。
久々に皆揃って
おめかししてのお出掛けに
全員が心ウキウキ。
電車のボックス席を陣取り
ワイワイしながら
彼女たちは
目的地までの時間を楽しむ…
ここで物語は終了。
一見すると
短く感じる、この物語。
さに非ず。
改札口で皆が揃った途端
何事もキチンとしておきたい1人が
皆に清算する事を提案しますが
乗車してからにするべき
との他のメンバーの
至極最もな意見により
敢えなく却下。
そして乗車後。
ボックス席に収まった彼女たちは
お互いの近況や
今日の目的地について
ある者はお茶を飲みながら
またある者はお菓子をついばみながら
話をしていました。
電車が発車してから
かれこれ40分ほど。
お喋りに一息ついた
この一瞬を見逃さず
先程の速やかな清算希望の彼女が
再び清算を希望申請。
漸く清算に向けての
各々の申告が始まります。
…と、ここまでは問題なし。
みかんでも
ジュースでも
好きなだけ食べてもらって結構結構。
清算について交わされる彼女たちの会話を
よ~く聞いてみると…。
Aさん『切符代は、1人○○円で~す』
B『私が買ってきたお弁当は
1個○○円だから、
私はAちゃんに△△円渡したらいいのね?』
A『Bちゃん、ありがと~♪
お釣無しの丁度の金額だね。』
このような会話がなされ
問題の1人当たりの金額と
ジュース代を立替た人は
弁当代を立替た人に
いくら払うのか?
が解かれていくハズなのです。
しかし、
私の登場人物達は
この場面で独断の行動をとるのです。
しかもサラリと。
Cさん『私が買ってきたジュース代を
Bちゃんのお弁当代から差し引いて…』
Bさん『あ、Cちゃんには
こないだご馳走になったから
今回の弁当代は奢るよ。
いらない。』
確かに
人間社会で生きていくには
そのようなことってアリマス。
わかるわかる。
でも、算数の問題中で
勝手に『それ』やられたら
計算合わなくなるんだって。
Cさん『え~、いいの?
Bちゃん、ありがと~!』
こらこら!
ありがとうぢゃぁない!
「いえ、私の分はキチンと払います」
と何故言わない!
しかし、一番の問題は
流れに乗った彼女たちの会話に
不審を抱かない私。
事情を汲んだ清算の結果
やはりの誤回答。
毎回
かんCHANが算数の先生となり
私のなぜなぜ(?_?)攻撃を
見事な説明でおさめてくれていたのです。
…この問題の解説の時も。
私が間違った回答を
導き出した計算の理屈を
根気よく
かんCHANは確認していきます。
そして、例の
『社会生活を営むにあたっての
たしなみ』部分が
原因と突き止めました。
かんCHAN『Cさんの分足してないよ』
私『あ、それは
BさんがCさんに
「奢るからいらない」って』
私の説明を聞いたかんCHANは
一瞬口をぽかんと開けて
その直後
『そんな事、どこに書いてるの!?』
『え?』
かんCHANに聞かれて、
慌てて解答根拠を探すのですが
根拠は私の頭の中にしかなく
当然見つかる筈もなし。
しかもその時点では
まさか登場人物が
勝手に動いているなんて
私でさえも思ってもいない。
ウンウンしながら
記憶を思い起こして
『だって…Bさんがそう「言って」た…。』
ここで漸く、
かんCHANによって
全ての事の次第が解明されたのでした。
そういえば…と
過去の文章題を思い返すと
確かにそれぞれの場面を
『覚えている』のです。
薄明るい紫色の着物に
淡いベージュの帯を締めた母と
人気キャラクターが大きくプリントされた
薄汚れた白地のTシャツを
お揃いで着ている
2人の子供たち出演による
『年の差算』
何故だかいつも
小道具としてでてくる笹舟による
『川の流れ算』
画面いっぱいに
ゴニョゴニョと生物が動き続ける
『鶴亀算』…。
人はこのような私の頭の考えを
『雑念』と呼ぶ。
意図しない『脚色』だと思うんだけどなぁ。