3月下旬の平日。

『大阪城公園には
無料のガイドさんが生息する』
と、
ある情報筋から聞いた私は
花見がてら
大阪城に行きました。

元同僚で
近年稀にみるピュアなハートを持つ
陽子ちゃんとの2人デート。


数日前に
花見計画を立てた時、
「太陽の『陽』子だけど、
私、雨女なんですぅ~」
の言葉に違わす
当日はシトシト雨空。

そんな雨空なんて何のその。
私達の鼻息の荒らさが
雨雲を追い払ったのか
間もなく雨は止みました。

先の雨模様のおかげで
花見客はまばら。

ガイドさん捕獲を心に秘め
詰所を覗くと

あぁ
神様ありがとうございます。

生憎の空模様ゆえに
手持ちぶさたな
ガイドさん数人が蠢いており
その中の
『ワタナベさん』に
お願いしました。

ワタナベさんは

①時間に余裕はあるのか
②どの方面から帰るのか

を私達に確認してから
ベストなコースを頭に描いて
レッツゴー!!

最初に
『約1時間のコースです』
とワタナベさんが告げたにもかかわらず

少し歩いて、
ワタナベさんが解説する度
私達からの質問がグイグイ入り

それに対してワタナベさんが
余すことなく知識を披露する…

という丁々発止のやり取りが続き
ワタナベさんがお役御免となったのは
約2時間後。

特に歴史や城に
興味があるでない私。

ここまで食い付きがいいとは
自分でも意外でしたが

ものの成り立ちやいわれに
強く反応する自分がわかりました。

大阪城の石垣は
城門向かって左側から時計回りに
約10年の歳月をかけて作られたので
城門の左右の石垣の見栄えは全く違う。
石工技術の向上恐るべし。

前大阪市博物館だった建物は
大阪城再建を切望した人々が
再建と引き替えに、

募った募金の多くをはたいて建てた
軍の司令部だったこと。

大阪城の石垣の中で
(…確か)3番目と4番目に大きな石は

実は一つの石を割って
ぱっくり開いたものであること。

京都の寺の庭の殆どを手掛けた
『こぼりえんしゅう』さんが
大阪城に何らかの関わりがあること
…き…記憶がぁ!!!!

ワタナベさん、
お世話になりました。

蛇足ながら言っておくと
この内容に間違った情報があるなら
言うまでもなく
私の記憶の消滅及び
創作の賜物です。

あやしい…
と感じたら
自分で正解調べてちょ。