―あの日も、今日と同じように雨が降っていた。
屍の上、雨が降り、濡れたままで山川は立ち尽くしていた。
「どうだ、山川。官軍になった気分は」
どこか嘲笑うような問う声に、山川は目を閉じる。
問うた男―山田顕義は、続ける。
「これが正義だ。幾多の屍の上に立ち、生きている者が官軍となる。
…お前はこれを望んでいたのだろう?」
紡ぐ言葉の前に、山川の脳裏に9年前の故郷の光景がよみがえる。
「…分かりません」
死んだ妻や友人。
「確かに俺は、俺たちは、会津の汚名を晴らすために今日まで生きてきました。」
燃える故郷。
「…ですが、」
山川は曇天の空を見上げる。
「…官軍とは、こんなに虚しいものなのですか」
あの日と同じように立ち尽くし、空を見上げる。
何を守った。
何の為に戦った。
何の為に―…
「大蔵」
そう呼んだ小出鉄之助は、振り向いた山川の表情を見て思わず「しまった」という表情を浮かべた。
一瞬、躊躇したが言葉を続ける。
「長州の前原殿が、武器の明け渡しについて軍事奉行を呼んできてくれとのことだ。
城内で待っている」
「わかった。すぐに行く」
山川はじゃりっという音を立て、瓦礫の上を歩きながら廃墟と化した鶴ヶ城内へ向かった。
その背中を、小出は見つめ、視線を山川の立っていた場所へと移す。
そこには、筵の山―正確には井戸―であったものがあった。
戦死者の埋葬が間に合わないため、井戸に遺体を埋葬していたのだ。
(…登勢さんも、あの中に…)
死に目には会えなかったという。
山川の妻であった登勢は、戦争の最中、砲弾の破裂に巻き込まれて死んだ。
山川がその報告を受けたのは、登勢の遺体がすでに井戸に埋葬された後であった。
遺体が山のようになっていて、どれが登勢かもは分からない。
「登勢は立派に働き、最後まで立派に死にました。貴方の妻として、山川家の女として、見事に果てました」
山川の母、唐衣は大蔵にそう告げた。
その瞳は、夕焼けに染まり潤んでいるようにも見えたが、山川は無言で頷いた。
「これを」
唐衣は着物の切れ端を山川に渡す。
掌に収まる大きさで、糸は解れ、朱色が黒ずんでおり、ところどころ焦げている。
「登勢の着物の端です。…お持ちなさい」
山川は、その切れ端をそっと掌に乗せ、じっと見つめ。
そしてきつく、きつく握りしめた。
まるで、登勢を抱きしめるように。
小出は井戸を見つめ、先ほど振り向いた山川の顔を思い出した。
(…泣いていた)
気の強い大蔵のことだ。
この井戸の前で、人知れず自分を責め続けていたのだろう。
冷たい雨がぽつぽつと、涙のように降り続く。
(大蔵…ごめん)
会津の人々の命運を、若干23歳ですべて背負った友人。
どれだけ重かっただろう。
その象徴でもある鶴ヶ城を、小出は見上げた。
鶴という名の通り白い城は、今はもう黒く傾いており、砲弾の跡が痛々しくいくつも残っていた。
それでも倒れず、凛と立ち続ける城に向かって、小出は叫んだ。
(大蔵。会津は負けてない。この城のように、立ち続ける限り)
続