松平容保が、落城し、青森の土地に流罪になった際、飢えと寒さに苦しむ藩士たちに何度も何度も言ったそうです。
「何があっても、生きろ」
そして自ら、犬の肉を食べたそうです。
私の中の松平容保という存在が一気に変わりました。
これまで、
「病弱」
「意見を言えず、流されやすい」
といったイメージが強かったのですが、本当はものすごく強かった人なんじゃないか。
生きろ。
容保自信、戦争責任を人一倍感じていただろうに、「生きろ」と命令した。
容保の、心の叫びを聞いたようでした。
松平家のご子孫の方から、貴重な話をたくさん伺い、会津戦争についての新たな一面に、また気付かされました。
会津の人は、本当に「なんで会津が朝敵なのか」がわからないのです。
会津戦争もまだまだ、終わってません。