今の日本企業についても言えるのだが、半世紀前の旧日本軍についても同じことが言える。

1942年5月珊瑚海で初めて日本とアメリカの機動部隊が対峙した。

世界で初めて空母同士の対決でもある。


もともとは資源の確保で始めた戦いも確保を妨げる要因があるものを積極的に排除する戦争に変わっていった。

その為に護衛や防御線を構築すれば良いものを「攻撃は最大の防御」と考え

また太平洋戦争を主導する立場でもあったので戦いに打って出た。


ついでにユニクロは服が儲かると服とは違う業種に展開してほとんど失敗している。

スポクロ・野菜のユニクロ


結果としては日本は軽空母を、アメリカは正規空母を1隻ずつ失った。

この作戦に参加した日本の機動部隊は第二機動部隊。


アメリカ空母ヨークタウンを損傷で終わらせた事で

「俺達がいれば…」と第一機動部隊のパイロット達は言ったそうである。


この珊瑚海の戦いは引き分けであるが、この引き分けが明暗を分ける。