紀伊半島の中央に流れる清流櫛田川。松阪市を東西に流れています。中流域には原生林があり、河岸段丘には広葉樹林の巨木が並んでいます。冬の枯れ野だった川岸は緑に覆われ、春風が吹きます。その細枝をはうようにして藤が先端まで巻き付き、今は、薄紫の花を咲かせています。
藤と言えば、近代俳句を始めた正岡子規の一句があります。
瓶にさす 藤の花ぶさ みじかければ たたみの上に とどかざりけり
この一首は短歌ですが、三十一音にはどんな景色が広がり、子規のどんな世界が広がっているのでしょうか。この時、子規は7年間脊髄カリエスを患い死の床に伏せっていました。
瓶にさす藤の花房が短いので、畳の上に届かない。床に伏せっている私にはそれが見えない。
花房の短さを自分の命の短さに投影しているのでしょうか。床にうつ伏せになっている自分、そのために美しい藤の花房を見ることができないもどかしさ。子規の透徹した感性がこの短歌を生みました。この三十一音は、百年の時と空間を越えて、藤の花房が春風にそよぐ今に直接伝わってきます。
ただ、そのままの風景、情景を写し取った短い一句は、今、ここにその世界を広げ、確かに読み手の心に届きました。
ドローンは、櫛田川の河原を飛び立つと春風をもろともせずに、深緑の原生林を写し始めました。原生林は広い緑の葉っぱを春の日差しに向けて盛んに光合成をしています。気まぐれな春風がそれをなびかせ、藤の花房もなびきます。花房はどこまでも長く、細枝から河原まで垂れ下がったものもいます。さらに川岸の原生林から、深緑で覆われた麦畑を越えると、そこは山の裾野。この裾野にも藤の花が垂れています。辺りは新緑と薄紫の藤の世界。
一ヶ月前は桜で覆われていた裾野も今は、藤の花房。春は深まります。
紀伊半島の花を空撮するフローラ・ドローン・プロジェクト。梅から桜へ、桜から藤の花房へ、今度はどんな花を見せてくれるのでしょうか。
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