ここは滋賀県琵琶湖西岸にある針江生水の里です。美しい水が流れています。一羽の白鷺が餌を求めています。今、食べました。
至る所に自噴井戸があります。このように鉄管を埋めれば自然に綺麗な水が噴き出します。
以前、長野県の安曇野で見たような風景がここにあります。下水道は別にあるので汚水が溝に入ることはありません。
透明度はどれだけなのでしょうか。底まで見渡せてお日様が水面に反射して宝石のように輝いています。
途中、魚屋さんに立ち寄りました。フナのなれ寿司が売られています。高級品はお高いのですが、1500円から。醸造酢がない時代にはこのような発酵寿司が作られていました。何年ものなのでしょう。
なぜこんな所にお魚屋さんがあるのでしょう。それは安曇川の水運にありました。琵琶湖から2km程度は離れているのですが、流れが緩やかなために手こぎ船で琵琶湖まで行き来していたといいます。
自噴井戸とはこのことです。自噴井戸をこの里では川端(かばた)と呼んでいます。生水の里はボランティアガイドさんがついて1時間程度案内してもらえます。ただし予約が必要で一人当たり千円の手数料がかかり、生水の里を保全するために使われます。川端は個人の所有なので勝手に見学はできません。
お寺の境内には池があり、その透明度美しさは群を抜いています。観音菩薩が湧水をご覧になられている姿は、まさしく観音浄土そのものです。水があまりにも澄んでいるために蓮はありませんが、代わりに鯉たちが悠々と泳いでいます。
本当はバイカモを見たかったのですが、残念でした。夏になればまっ白に一面小さな花が咲くでしょう。水中花は美しいものです。よく見ると咲いています。水温が温かいので厳冬期のこの時節に奇跡的に咲いています。
帰る途中、白鬚神社に寄りました。境内の前には鳥居があります。ここは天孫降臨の時、天照大神を導いた猿田彦の命を祭っています。天照大神を伊勢の地に導いたのも猿田彦で、導きの神様として知られています。
境内には、源氏物語の作者紫式部の歌碑が建てられています。
三尾の海に 網引く民の てまもなく 立ち居につけて 都恋しも
三尾ヶ崎の海で漁師達が、手を休むことなく立ったり座ったりして網を引いている。それを見ると去ってきた都が恋しいことだ。父の仕事の関係で式部は滋賀に住んだことがあります。しかし、すぐに都に帰っていったようです。式部の心に都が恋しいと思い起こした理由は、立ったり座ったりして網を引く漁師なのですが、その因果関係はよく分かりません。琵琶湖というその風土や景色は都とは随分異なっていたのでしょうか。式部にとってはやはり異境の地だったようです。
雨に濡れた一輪の花。冬の寒空に咲いています。
滋賀県高島市新旭町針江、ここに生水の里があます。鉄管を差し込めば水が吹き出す。自分たちの街ではあり得ないことなので、一度訪れたいと思っていました。いったいどんなメカニズムで自噴井戸ができるのか、不思議です。
その一つには安曇川(あどがわ)の存在です。しかも、針江までは緩やかに流れていて、手こぎ船が琵琶湖まで行き来しています。地形図を広げてみました。
琵琶湖周辺には随分多くの水資源があることが分かります。針江地区は琵琶湖の西岸にあり、地図上では琵琶湖西岸に少し張り出した半島めいた地形がありますが、広い意味でこれは扇状地の礫でできています。扇状地といえば水無川と湧水。比良山地に降った雨は安曇川に流れます。しかも比良山地は雨を受け止める流域面積が広く、砂質粘板岩やその東側は砂や礫で覆われています。安曇川は針江付近が川になっていますが、これは比良山地を地中流れていて、針江で湧き出して川になっていることが分かります。つまり、比良山地から針江までは水無川と考えれば説明がつきます。比良山地に降った雨は地下水脈として脈々と流れているのでしょう。そして、針江地区は扇状地の先端にあたり、地質学的には砂地になっています。伏流水はこの砂地に湧き出たものなのでしょう。
扇状地は普通中流域にあるという方もいらっしゃるでしょう。しかし、400万年前、琵琶湖は今の三重県の伊賀市付近にあり、高島市は安曇川の丁度中流域に当たります。その後、琵琶湖は伊賀市から北西方向に移動して来て、現在の形になりました。地形図を見ると琵琶湖の南東眼には古琵琶湖層があることからも考えられます。西岸にある高島市が崎のように突き出ているのは、扇状地の堆積物の名残だと読み取れます。
水郷地帯といっても全国様々な地域があるのですが、ここの自噴井戸の水量と水質の美しさはピカイチです。そして、下水は川に流さないという徹底した美意識がこの水の風景を形作っているのでしょう。それでも30年前の風景は失われつつあるといいます。溝にはカワニナがいっぱい住んでいて、これなら夏になれば蛍も飛び交うことでしょう。水中に純白のバイカモが咲いている中を蛍の幼虫の尻尾が緑色に点灯する。こんな光景が自分の脳裏に浮かび上がりました。水面の上には夏の星座サソリ座が水の流れに揺らめいています。
いつまでも残っていて欲しい日本の風景です。もし、百年後もこのような光景が残っていて、ボランティアガイドさん達が同じように案内をしてくれてたら、どんなにいいことでしょう。2日目は雨の日になりましたが、ガイドさんは笑みを絶やさず温和なお声で話しかけられました。針江という風土が人を形作るのかと思ったことです。針江生水の里の水の流れに心洗われた旅でした。
今回の旅を5分26秒の動画にまとめました。ご覧ください。
ナレーションは自動音声なので、一部読み間違いがあります。
針江生水の里 なまみず→しょうず