今朝は初雪となりました。一面まっ白です。気温はマイナス2.8℃。畑の大根が凍りついています。葉っぱもしおれて、このままだと枯れるかも。
雪の結晶が残っていました。この雪はどこでできたのでしょうか。雪の研究に一生を捧げた人がいました。その人が残した言葉、「雪は天からの手紙です。」何とも詩情あふれた言葉です。雪の結晶からその雪が生まれた高度や場所が分かるというのです。最近は排気ガスも工場からの煤煙もクリーンになりましたが、高度成長時代には排気ガスや工場からの煤煙で窒素酸化物が随分含まれていたようです。
雪の結晶というミクロの世界から、地球環境というマクロの世界が見えるのでしょう。今年最大級の寒気が本州の南岸まで押し寄せてきました。これに放射冷却が重なって今日は零下の世界です。それでも朝日が昇るとしおれていた大根の葉っぱは徐々にシャキンと寒空に向かって伸びていました。
松尾芭蕉の一句に初雪を詠んだものがあります。
初雪や 水仙の葉の たわむまで
今朝は初雪となった。スイセンの葉がたわむまで積もっている。元禄時代は井原西鶴や近松門左衛門、絵画では菱川師宣や尾形光琳などが活躍しました。大阪や京都など上方を中心とした町人文化が盛んな時代です。
元禄時代は華やかさの中で、飢饉が何度も起こった時代でもあります。広く世界を見渡すとロンドンのテームズ川が凍って、川の上に居酒屋ができた時代です。今のテームズ川が凍ることはありません。17世紀、太陽活動は低調でした。マウンダーミニマムという小氷河期がやって来ました。
松尾芭蕉も江戸から故郷の三重県の伊賀上野に帰るとき、「野ざらし紀行」で書いています。何が野ざらしになっているのか。帰郷する街道で飢饉で餓死した人の亡骸が野ざらしになっているのです。芭蕉は太陽活動が低調になり、地球環境が寒冷化する小氷河期を生きた作家でした。
今、東京で水仙の葉っぱがたわむまで雪が積もることはないでしょう。芭蕉は気候の異変をこの一句に読んだのでしょうか。それとも、浮世とはこのように寒々とした世界なのだと悟っていたのでしょうか。
芭蕉より少し時代はは下りますが、松門左衛門の「曽根崎心中」冒頭文にはこんな表現があります。
この世の名残り、夜も名残り。死にに行く身をたとふればあだしが原の道の霜。一足づつに消えて行く、夢の夢こそ哀れなれ。 あれ数ふれば暁の、七つの時が六つ鳴りて、残る一つが今生の、鐘の響きの聞き納め。
この一文は世界的な名文と言われています。結婚を許されない手代徳兵衛と遊女お初が心中した実話を歌舞伎にしたものです。この世の最後、この一夜も最後、死にに行く身を例えると、化野(あだしの 死体置き場 墓地)の道の霜が一足ずつに消えてゆくようなもので、夢を見る気持ちこそ哀れなものである。夜明け前の七つの時の鐘が六つ鳴って、残る一つが今生の鐘の響きの聞き納め。徳兵衛はお初の命を絶ち、自らも自害します。一連の心中物が上演されると瞬く間に心中が流行り、幕府は上演を禁止するほどになりました。
この作品は、完結できない二人の愛が死へと追いやる悲哀をテーマにしていますが、その背景には彼らが生きた時代の寒々とした気候が影を落としているようにも思われます。