内宮には五十鈴川が流れている。おかげ横丁と呼ばれる商店街は家並みの右側にある。喧噪は好きではないので川沿いの細道を通っていく。
宇治橋からはカモや白鷺が食事中。小魚が飛び跳ねている。周りには小鳥たちもいっぱいいる。五十鈴川はこんなに多くの鳥たちを養う豊かな川だとは知らなかった。
内宮は庭園が素晴らしい。特に松は一本一本が美しい。紅葉が他の幹まで紅葉しているように見える。もちろん主役は神宮杉、どれも千年を超える大樹がここかしこにある。何の不思議もないように生えている姿は、杉の巨木自体が鎮座していると表現した方がいいかもしれない。
境内はいたって静か。玉砂利を踏む音だけが聞こえる。ここに来るとみんな寡黙になる。それはここが日本一神聖な場所なのだからかも知れない。この玉砂利も奉納された物。10トントラックがなんなく美しい玉砂利を敷いていく。ちょっとヤンキーっぽいおじさんが嬉しそうに「今年も奉納できて感謝です」と照れながら話すのはいい絵になる。年間800万人が訪れる伊勢神宮、一年で玉砂利は人の足で細かくなってしまう。それを美しい参道にする篤志の人がいた。よく考えれば、奉納される物はどれを見ても一番素晴らしい物ばかり。
内宮の正宮。毎年天皇陛下がお詣りになる。1月4日には総理大臣が参拝する。ご神体は八咫鏡。天照大神を祭る。参拝を終えた人々の表情はすがすがしさで満ちている。ここにくればなぜお伊勢参りがしたいのか、なぜ人は伊勢に向かうのかが少し理解できた気がした。それは日本人が古来から持っていた素朴な感情なのだろう。
参拝を終えたら何と言っても食べること、これが楽しみ。赤福餅は老舗の中の老舗。江戸時代、全国から徒歩できた参拝者はへとへとに疲れていただろう。それをこの甘いお餅でもてなした。今も昔もそれは変わらない。
誰もが一度はお伊勢参りをしたいと願った。でも、誰もが行けるわけではなかった。そこで、代参という制度ができた。村々でお金を出し合って代表でお詣りをして神宮大麻を受け取るという方法を生み出した。それでも東北や四国では人も出せない村は、代わりに犬を伊勢神宮にやった。首にしめ縄を掛けて、犬を人が案内する。これをリレー方式で伊勢まで犬に代参させて御札を受けて帰ってくると言う。おかげ犬の制度は、今はかわいらしいおみくじになっている。赤福餅ではおかげ犬サブレを発売している。
赤福の本店の近くに五十鈴川に掛かる橋がある。向こう岸は紅葉したイチョウ並木が美しい。戦前、ここに宮内省立神宮皇學館大學があった。今は、神宮のご用材を加工する作業所になっている。伊勢神宮125社の木材加工している。
皇學館大学の学徒達はどんな気持ちでこのイチョウの紅葉を眺めていたのだろう。現在の大学は倉田山丘陵に移っているが、もしこんなに神宮の森に近かったら、今の学生達は何を感じるのだろう。神宮の森は人の心に変化をもたらす不思議な力を持っている。