世界遺産を巡る 紀伊山地の霊場と参詣径 花の窟神社、本宮大社、速玉大社 | バイカルアザラシのnicoチャンネル

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 サイコロジストの日常と非日常を季節の移ろいを交えて描いています。バイカルアザラシのnicoちゃんの独り言です。聞き流してください。

 

 

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花の窟神社は、日本最古の神社として有名です。45mもある岩がご神体で、火の神を産んだ伊弉冉尊が祭られています。熊野灘の怒濤が岩壁にこだまして今日は女神も荒々しい感じがします。夏には完璧に純白のハマユウが咲いて、境内にはクロアゲハが飛んでいました。季節によって様々な姿を見せてくれます。

 

 世界遺産に指定されているつぼ湯です。小栗判官が義理の父に毒を盛られて瀕死の状態でここにたどり着きました。照手姫がここまで連れてきて、このつぼ湯に49日間入ると蘇生したと日本書紀にあります。

 

 なぜ98℃の熱泉が湧くのでしょうか。紀伊半島の火山活動は水年前に終息しています。その熱の残りなのでしょうか。それとも太平洋プレートが紀伊半島のしたにもぐりこむ巨大エネルギーの熱のせいなのでしょうか。硫黄臭を含んだ温泉は今も健在です。

 

 地中からの湯ノ花は谷川の水で結晶して真っ白な藻のような形になりました。小川はちょっとした足湯です。流れにゆらゆら揺れています。

 

 川の傍には湯筒があります。年中ゆでられているのは卵。季節によってはタケノコだったり、ジャガイモだったり、さつまいもだったり。中にはレトルト食品をここで暖めている人もいます。地面は床暖房みたいにあったかです。

 

 普通の卵なのに湯筒でゆでたのは美味しいです

 

 皇族もお忍びで泊まられるという老舗旅館。古代から上皇が熊野詣でをされたのですからごく当たり前のことなのかも知れません。

 

 隣の川湯温泉の富士屋。高級旅館です。前には大塔川が流れています。

 

 ここの名物は千人風呂。実際に何人は入れるかと言えば、1000人以上入れるそうです。川底から温泉が湧いています。傍ではスコップで河原を掘ってプライベート湯船を作っている親子がいました。

 夜になるとオリオン座が昇ってくるし、お月様も早々と顔を出しました。

 

  温泉で潔斎したら今度は本宮大社にお参りします。ここは大峰奥駈修行の終着点です。八咫烏として有名で、サッカーのエンブレムとなってして、日本代表のサインが入ったらサッカーボールが奉納されています。

 

 大社を後にして、次は大斎原に向かいます。ここは本宮大社が元あったところで明治の大洪水で現在の高台に遷座されました。今でも洪水が起こります。ここも霊験あらたかなパワースポットといえます。

 

 境内の片隅に見つけた若枝です。枯れた古木の切り株から新しい芽が出ています。本宮は始まりの地であり終わりの地です。生命は終わっても、また、再生します。それを象徴するような一コマです。

 

 最後に訪れたのは速玉大社。縁結びの神様として有名です。古代、人々は熊野川を船で渡ってここに参詣しました。神様も海から熊野川の中州にやってこられてここに鎮座されたようです。

 

 太鼓の音が聞こえてきました。若い男女が祝詞を上げてもらっています。いったい何を祈ってもらっているのでしょうか。新しいことを始めるにはここを出発点にするにはふさわしい聖地なのでしょう。

 

 今回、訪れることのできなかった那智大社。本地垂迹説では、本宮大社が釈迦如来、那智大社が観音菩薩、速玉大社が弥勒菩薩に比定されています。つまり、三つのお社にお参りすれば、過去・現在・未来の世が救われるということになります。

 この曼荼羅は熊野那智曼荼羅で、右側の滝は日本最大落差を持つ那智の滝です。那智の滝に近づくと太平洋の怒濤が二重に聞こえてくることがあります。それは補陀洛から聞こえてくる観音様のささやきなのかも知れません。那智は観音信仰が盛んで、浜の宮には補陀洛山寺があり、ここの千手観音の美しさは格別です。中世から近世にかけて補陀洛渡海が行われました。ここの僧は還暦を迎えると四方鳥居に囲まれた船に乗って観音浄土に向かいます。補陀洛とはサンスクリットでポータカラ、観音様の済む理想世界です。人々は南の海に向こうに観音様のユートピアを描きました。

 

 熊野は、隈野。もっともこの世の端にある世界だと考えられてきました。その隣はあの世です。よく生きることはよく死ぬこと。ここに来ると熊野が大変なパワースポットだと感じることがあります。それは山と渓谷、滝、と川、海と浜、絶壁と岩など熊野がおりなすすべての地形に神々や仏達の息吹を否応なしに気づかせてくれるからです。