パワースポットの旅 世界遺産紀伊半島の霊場と参詣径 湯峰温泉→本宮大社→湯ノ口温泉→トロッコ列車 | バイカルアザラシのnicoチャンネル

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 サイコロジストの日常と非日常を季節の移ろいを交えて描いています。バイカルアザラシのnicoちゃんの独り言です。聞き流してください。

 

 ここをクリックすると動画になります。湯峰温泉→大斎原→本宮大社→湯ノ口温泉のトロッコ列車の旅が始まります。

 

 パワースポットの旅、世界遺産紀伊半島の霊場と参詣径をたどります。先ずは川湯温泉に宿を取りました。ここは素泊まり4000円から二食付きで5万円まで、様々なランクのお宿があります。泊まったのは「みどりや」で二食付きで1万円少しでした。川湯温泉は約90℃の源泉が大塔川から湧いています。河原に縦簾がしてあるのは露天風呂です。女性は浴衣で入浴でき、男性はタオルを捲いて入ります。混浴です。川を掘ったら温泉が湧いてくるので、源泉掛け流しで野性味があります。夜は星空が綺麗です。西の空にはオリオン座が瞬き、東の空には春の星座が顔を見せています。夕食は黒毛和牛の牛鍋やぼたん鍋が美味しいです。鮎の塩焼きが食べ放題。地域の食材が並びます。朝食も美味しかったです。

 

 大塔川は美しいです。緑の川面がどこまでも透き通っていて、川底が見えます。ここから熱泉が出てくるなんて不思議です。対岸には地中深くで溶岩がゆっくり冷えて結晶した柱状節理が顔を出しています。この地方で90℃以上の温泉が湧出するのは数万年前に終息した火山活動の地熱だという説が有力です。

 

 川湯温泉の隣にある湯峰温泉に行きました。ここには薬師如来が祭られています。日本最古の温泉と言われており、祭られているのは湯花でできた薬師様とか。

 

 つぼ湯は谷の中にあります。ちょうど外国のメディアが取材に来ていました。世界遺産に指定されているお風呂ってそんなにないと思います。

 

 谷川から熱いお湯が沸き出しています。照手姫と結婚した小栗判官は、義父に毒殺されてあの世をさまよいこの地に着きました。判官がこの湯に49日入ると蘇生したというのがこのつぼ湯です。

 

 なにやら湯筒には人が群がっています。季節の山菜をゆでています。一年中を通してあるのは卵です。

 

 11分でこんな感じにできあがり。紀伊半島の火山活動は数万年前に終わっています。半島の南端部分には地中深く溶岩がゆっくり固まってできた結晶の柱状節理が隆起してそびえます。なのに熱の名残は尽きません。

 

 本宮に来れば、本宮大社にお参りする。ここは明治時代に洪水で現在の境内に移るまで壮大な社がありました。今は大斎原として名残をとどめています。那智大社・速玉大社とともに熊野三山と言われ日本屈指のパワースポットです。本宮に参れば過去を、那智大社に参れば現在を、速玉大社にお参りすれば未来を救われると言われ、中世には蟻の熊野詣でといわれたように多くの参拝者が全国からやってきました。

 

 

 ちょうどしだれ桜が咲き始めました。桜の下で紺色のお着物を召した女性がなにやら糸を繰っています。その姿が大斎原に似つかわしくて一枚撮らせてもらいました。美しい春の風景を切り撮れた一瞬です。

 

 

 本宮大社は今はここに遷御されて、洪水の心配はありません。しかし、平成の洪水の時は、階段近くまで水が押し寄せました。

 

 本宮大社は本地垂迹説では、釈迦如来に特定され、過去を救うといわれます。奈良吉野から始まる修験道奥駈道の終着点でもあります。巡礼の径が世界遺産になっているのはこことスペインしかありません。

 

 ここを訪れると何か原点に達したような気がします。それは出発地点にもどったのではなく、新しいスタート地点に立って、次のステージを走り抜くパワーをいただくような新しい感覚です。人はそれを求めてパワースポットにやって来ます。人はここまで来た過去を振り返り、これからたどる道程を見つめます。そして、等身大の今の自分を発見します。そして、これから遭遇する様々な出逢いや試練に果敢に対峙していく励ましに気づきます。それが神から来るものなのか、仏から来るものなのかは分かりません。自分を超えた何かが自分というちっぽけな存在を赦し、守り、励ましている事実に気づきます。これまでもそうであったように、これからもそうであると。

 

 梁塵秘抄には、こんな歌が詠まれています。

 

 熊野へまいるは 紀路と伊勢路のどれ近し どれ遠し 広大慈悲の道なれば 紀路も伊勢路も遠からず

 

 京の都から熊野に参詣するには、和歌山ルートか伊勢ルートがどちらが近くて遠いだろうか。熊野権現の広くて憐れみの深い道だから、どちらも遠くはないだろう。そんな意味の歌なのでしょう。今は汽車も車もありますが、当時は命の危険もありました。事実参詣径には巡礼者の塚があります。それでも神仏の慈悲は今と変わらなかったことでしょう。

 

 「なぜ人は熊野に向かうのか。」をそんな素朴な疑問が生まれます。神仏の慈悲もそうですが、自然の美しさや温泉の恵み、とりわけ海の幸・山の幸、食材の豊かさには驚かされます。鯛・鰤・熊野牛・猪・鮎など、これでもかと食卓に上ります。それは、迎える人たちのおもてなしの心なのでしょう。この地を訪れると外国人、とりわけ欧米人の増加にびっくりします。それは世界遺産に指定されたからと言うよりも、広大慈悲の神の路や自然・食材の豊かさ、温泉などの自然の恵み、それらが渾然一体になり、おもてなしの心に裏打ちされた迎える人たちの温かさがあります。ホテルの人たちが喜んでもてなしてくれる。それが自然に出ている。それはちょうど、川からわき出る温泉のぬくもりのように感じられました。「悠久の時が流れる熊野」熊野とは、「隈野くまの」のこと。地の果てを表します。その隣は「黄泉国よみのくに」つまりあの世です。そんな地だからこそ、ここを訪れる人は本来の自分を発見したり、新しい自分を見つけることができるのでしょう。パワースポットとは、身も心も魂も新しくしてくれるそんな所なのでしょう。

 

 

 後半は、熊野市紀和町の紀州銅山跡です。ここは国内でも有数の銅山でしたが、外国の輸入品に押されて昭和の終わりに閉山しました。今では観光としてトロッコ列車が運行されています。

 

 低い天井の小さなトロッコに乗ると炭鉱夫になった気分が味わえます。終点は湯ノ口温泉。山間に熊野檜で作られた源泉掛け流しの温泉があります。炊事も洗濯もできるバンガローは一日3人9500円で宿泊できます。ここでのんびり湯治ができそうです。