前回ご紹介した部活動に関する労働環境の中、それについての教員の対応はまちまちです。
 
 たとえば僕は、現状に強い不満を抱きながらも、部活動指導をやるタイプ。
 
 多くの先生はこれだと思います。
 
 もちろん、組合を通して労働環境の改善を訴えたりしながら、それでも、とりあえず、できることはする。
 
 実際、10年以上前よりは、徐々に良くなっている気がします。
 
 逆に、現状への不満から「部活動指導をしない、したくない」という選択を選ぶ先生もいます。
 
 これは、パターンがまちまちです。
 
 土日の部活動は休みにする人。
 
 逆に、平日はほとんど行かないけれど、土日は何か問題になったら困るから、学校には来る人。
 
 また、平日土日関係なく、ほとんど部活動に行かない人。
 
 保護者や生徒からの要望で、一応練習には出ているけれども、現状を理解せずに自分へ強制的な勤務を要求する保護者や生徒、そして部活動制度そのものに、不満の矛先が向かっている人、などなど。
 
 つまり、部活動を「ボランティア的」だと思っていても、その改善のほうを要求しながら部活動制度そのものは尊重しているタイプと、逆に「ボランティア」なのだから、と部活動指導には携わらず、部活動制度そのものを否定しているタイプと、2つあるわけです。
 
 逆に、部活動を「仕事」だととらえたとしても、同じような状況になるからややこしい。
 
「他の校務分掌と同等」なのだから、教師がやるのは当たり前という人。
 
 生徒が放課後質問に来て残っても文句を言わない教師が、部活動で文句を言うのはおかしい、という考えですね。
 
 また「仕事」だからこそ、勤務時間を越えて行うような状態はおかしいし、土日に入れるのもおかしい、と考える人もいます。
 
 どちらに転んだって、賛成派、反対派というものはいるもので。
 
 一つの「事象」も、捉え方や分析の仕方で、どのようにでも解釈が可能なのだ、ということは、理系の人間としてよく分かっていることではあるのですが。。。
 
 これまでも何回かこのブログでも言っていますが、「部活 顧問」などのキーワードで検索を賭けると、山のように、知恵袋での質問やブログが発見できます。
 
 正直言うと、ほとんどのものが、建設的なものではありません。
 
 たとえば、中学生や高校生、そしてその保護者が、
 
「部活動の顧問が全く熱心じゃない」
 
 と文句を書けば、
 
「教員は『ボランティア』でやってるんだから、文句を言うな」
 
 みたいなことを書く人もいるし、かと思えば、
 
「そんな教員、校長に言って、顧問をクビにしてしまえ」
 
 みたいに煽るだけの全く建設的でない意見を平気で書く人もいる。
 
 一方で、我々の同業者が、
 
「なんで自分の家庭まで犠牲にして、部活動をしなければならないんだ」
 
 と書けば、
 
「そんなもの、教師の仕事の一つなんだから、当たり前だろ」
 
 とか、
 
「イヤなら辞めちまえ」
 
 みたいなバカの一つ覚えを書く人まで、いろいろです。
 
 教師は「聖職」なんかじゃない。
 
 でも、ただの「サラリーマン」でもない。
 
 にもかかわらず、世間は都合の良いときだけ「聖職」としての自己犠牲を求め、また都合の良いときにだけ「サラリーマン」として教員独自の考えを持つことを否定します。
 
 そういう記事を見ていると、すごく悲しくなる。
 
 結局「理想の教師像」を話し合っているわけでは全くない。
 
「自分に都合の良い教師とは」っていうのを、押しつけ合っているだけです。
 
 そしてさらに話がややこしいのは、現に、我々の同業者のなかに、教師としてふさわしくない人間がやはりまだまだ多く、痛くもない腹を探られる、格好の口実を世間に与え続けている、ということです。
 
 もう一度、教員も生徒も保護者も、確認しましょう。
 
 何のための部活動なのか。
 
 スポーツの振興だけじゃない。
 
 文化活動の振興だけじゃない。
 
 教員が、学校でやってんだぞ、と。
 
【次回へ続く】