先日猫に本気で噛まれた


小さい頃から猫には噛む事はいけない事だと教えているが


本気で噛まれて私の手に穴があいてしばらく腫れた


猫が本気で噛んだのには理由がある


私は猫を洗っていたのだ


猫は顔に水がかかるのを極端に嫌う


元々鼻のとおりが悪いようで


顔に水がかかる=息ができなくなる=超危険


とういう形で脳に信号がいってるのだろう


だから恐怖のあまり噛みついたのだ



人間も同じなんじゃないかと思う


攻撃的になっている人の裏には


恐怖や不安が満ちているんではないか




ナウシカが噛みついてきたキツネリスに


怖くないと言って指を噛ませていたら


キツネリスが心を許すシーンがあったな




猫に「死なへんって!」と言いながらシャワーをかけていたが


猫はパニックを起こしたままだったが・・・

私は結構本を読む


行動範囲の中に図書館がある事で読む機会は増える


本を借りに行けばその中に1冊は


自分をプラスにしてくれそうな本が混じっている


この間借りた本の中に


嫌いという言葉を使わないという話しがあった


別の言葉に置き換えるのだ


「嫌い」 「ダメ」 「無理」 「嫌」


こういう言葉って扉をピシャンと閉められて二度と開かないような


そんな拒絶感を感じる


そこで言葉を置き換えてみる


「好きじゃない」 「困る」 「ちょっと・・・かも」


なんて言うと


インターホンくらいついた気がする


ピンポーンと押せばインターホン越しに


話は聞いてくれそうな感じ


こんな事を書いている私は実のところ


嫌なものは絶対嫌!と頑なに拒否してしまう性格だ


これでも歳を重ねるにつれ丸くはなってきているのだが


もう少し丸くなってはどうかね?と思う


なので言葉を置き換えて


相手の話に耳を傾けられるだけの余裕を持ちたいと思う


ドアチェーン付きでも扉が少し開けば何か変わるかもしれない



この間ニュースで見た


震災以来結婚相談所を訪れる人が増えているらしい


一人でいるのが不安だと感じる女性と


そんな女性を守ってあげたいという男性がいて


結婚までたどり着く人が増えているらしい


私にとって結婚は恋愛の延長線上にある


結婚と恋愛は別として考えられない


どれだけ結婚相手としてベストな条件の男性が現れて


私の条件をすべて受け入れてくれたとしても


その人と一緒にいたいと思わなければ


結婚相手として選べないのだ


この人といれば生活に困らず


安定した将来が約束されていても


左脳の計算よりも


右脳の感覚を優先してしまう


安定というのは魅力的だけど


そこで割り切りができない (だから独身なんだよ


結婚すれば安泰だよと左脳がささやく


でも右脳が


結婚生活たのしくないかもよとつぶやく


じゃあ結婚して


他に楽しい人を見つけると言う手もあるといえばあるが


そこは左脳が、理性が働き、私にはできない


左脳と右脳の葛藤に悩まされる


助けて~アンパンマン~と叫びたくなる (なんでアンパンマン?


条件をすべて満たし、愛せる男性なんて


きっと皆無に等しい


助けて~どらえもん~(こっちに頼むのが正解だろ


ってかアンタのび太か!