元気かぃ?(誰に?w) | Prose 

元気かぃ?(誰に?w)

仕事上、部下三人、
一人は、提出スケジュール表に
「○○関連業務考察」
んん~まぁ、簡潔っちゃぁ完結。


もう一人、顧客から苦情受け、
呼び出し始末書受け取り
反省の弁として


「○○(弊社の業務)の知識を完璧に習得して…ウンヌン」


さらにもう一人は、
出向先で担当者から説教を喰らっている最中に
「私が責任をとりますので」と吐いてしまい、
怒髪天をつくほど激情させ消火活動に奔走した。


‥ほぼ、同時期に、別案件ではあるけれど、
こうなると ついつい突っ込みたくなる。


先の部下には、

「○○ 関連」


「関連というからには、君の頭の中には、
いくつかの関係する、やるべきことの幾つかが
浮かんでいるんだろ?


君の脳裏に浮かんでいる

その「関連」なるモノたちとは
いったいどんなもの(仕事)なのか
言葉にして伝えてくれないか?

例えば,市場調査だとか商品開発だとか、
販路開拓だとか、商品プランだとか。

あと、考察って、要するにどういうこと?


考えるだけってこと?

抽象的になんとなく
わかるようなわからないような???

イメージ的には、いろいろありそうな書き方だけど、
実際には、何を重要に考え

何を具体的にやるの?」と。


後記の部下の文を見て

「…○○を完璧‥  完璧って・・
聴こえはかっちょぃぃけど、
いにしえの昔から延々と積み重ねられてきた人やら社会の歴史に
関わる我々業界の知識たるを‥完璧? 
君の考える“完璧“ってどの辺りを指してるの?」


そして、「責任取ります」って、あーた(口あんぐり)
「そう云わないと納まらない雰囲気だったので、そう言いました。」


「… … で、どういう責任を取ると、具体的に聴かれたら
 どんな責任の取り方と応えたの?」


耳ざわりの良さげな言葉を

紋切調で抽象的にぶちかまして納まると思っている。


啖呵(たんか)切って なんとなく黙らせる的か?


しかし、そんな気すらないらしい。 


とにかく、なんとなく、そうなんとなくでしかないらしい。


そうすると、短期間で起こったこういった事象でも
まさか、3名同時に集めて自分が労力省けるからと
三人共通、汎用の言葉を使って話すわけにもいかない。


基本的には、まるで キャンペーンで全国を回って同じ歌を
これでもかと歌う新人歌手のように同じことを話すこととなる。


小学生の男の子がプロ野球の選手になりたい、
女の子が歌手になりたい、そう云うならば、
とにかく毎日のようにボールを投げ、バットを振るだろうし、
歌手になりたい子は、トイレでもお風呂でも
テレビの前ででも歌を歌うだろう。


“思い”は、行動に現わさずにはいられないと我は思っている。

もちろん社会的に迷惑を掛けると思しきものは別としても。


好きだから、或いは 上手になりたいと云う気持ちは、
身体を鎮めてはいられないパワーを持っていると云う認識がある。


ぃや、もちろん個人的価値観ですけれどね。


それぞれ彼らに問う


「君はさ "健康でいたい″と思ってる?。」


『・・はい。』


「健康でいたいと思っている。そか、
 じゃ、健康ってどんな事と自分では思ってるの?」


(そのうちの一人が)


『‥ 風邪をひかないこと』

「風邪? 風邪‥かぁ、まぁ、それは、
 風邪は万病のもとという言葉から連想してると
 そう解釈するとしよう。

で、健康であるためには、ナニが必要だと思ってるの?」と私。


『…  
 …  睡眠と食事‥でしょうか‥?!』と彼


「ふむ、睡眠と食事、まぁ、それも重要重要。
ま、それだけではないと、私は思っているが、それでいい。
では、睡眠はどのくらい、どういう睡眠がいいと云うことを知ってるの?」


『‥7時間 くらいでしょうか?』


「うんうん、たしかに、寝過ぎも健康を害するなんて発表もある位だしね。
知ってる?!。あとは、その時間帯というのもあるとさえ言うが、ま、
7時間睡眠を取ることと思ってるわけだ。じゃ、食事は?」


『‥  ‥  ‥ すいまんせん、勉強不足で‥』


「ビタミンだカルシウムだ、野菜の五色だ‥エトセトラ、いろいろ知るべき事はある。

ぁ、いいんだいいんだ。
今、健康について論じているわけではないから。


ただ、君が健康でいたいと望む気持ちの尺度や思いの丈は、
そういった どの程度の知識と実行を習得しているかで、
私が考えるなりの"○○でありたい"を推し量ることはできる。」


"完璧"を掲げた彼だ。


彼の完璧とは、はてさて‥。


これをリンクさせると、
「ダーツが上手くなりたい」と云う言葉の額面にも
それぞれ開きがあることは容易にうかがえると思う。


上手くなりたいと「漠然と」或いは「いいかげんに」とか
ご本人は口に出しているつもりはないのかも知れない。


けれど、もし、そのプロセスに着眼せず、
具体的に何を練習と呼び、何を目的として行動しているか?!。


自分はどんな投げ方をしているかも客観的に知らないで(見ていないで)
今よりレベルアップを望むのは、あまりにもあまりだ。(笑)
やれない、やらない理由を見つけるのは簡単だ。


その昔、まだ今ほどヒップホップダンスなどと言って普及していなかった時、
女の子と仲良くなりたいとかの不純な動機で、
それこそロボットだとかパブロック(実はポップロックの事だったらしい)
フルーツなんていうダンスに憧れて、
上手くなりたいから教えて欲しいと頼み込んだところ、

『そういう奴、いっぱいいるんだよ。
でも、たいがい やめちゃうんだよなぁ。』と云われた。


「ぃや、やりますよ。絶対続けますって」


『じゃ、仕事終わって深夜、寮に帰ってから毎晩やるよ。
3,4時間でもやるよ。いいか?』と。


真摯で不純な下心は(笑) 我の股間、ぃや腰ね、ダンス腰だから(笑)
腰を据えさせた。もちろん、価値観の基本なんてのは、
たいがい自分を中心としたモノサシで作られるもの。


何かやりたきゃ、のめり込みな特異な感覚なのかもしれない。

でも、もっと我などよりも遥か凌ぎ、世に出ていく、
さまざまな世界の一流は、皆 往々にしてヘンタイだ(笑)。

ぃや、偏執的、確執的にのめり込む性質に気づいている人とていることと思う。


とにかく身体を動かし(行動して)
とにかく ぅーんぅーんと考える。


効率や最短、無駄、無理などの算段や知識は、
おのずと、その姿を視て 手を貸してやりたくなった先人や賢者が、
後々に差し出し、引き上げてくれるというのも
けっこう良くある成功のパターンだったりする。