③ シナプス反応 | Prose 

③ シナプス反応

作戦構築は「考える」もので
盗塁実行は「感じる」もの。


しかし

その実行の上での「感じる」とは、
経験の繰り返し(量:経験の体験記憶)を大前提とした
考える作業(質を高める補正作業)の多くの補正、
繰り返しの上に構築されるもの
という
大原則が 成り立っていることが知れる。
(科学的な見地から視ても)



「感じる」と「考える」を解き明かすとき、
どうしても「感じる」を
「いきあたりばったりの衝動的行動」
と捉える向きもある。

感じて行動する「身体性」よりも
考えるという「精神性」の方を貴重なものと
する向きも少なくない。


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先だって興味深い事があった。


わが社において、
車線変更が上手にできない
ペーパードライバーの進入社員がいた。


数週間に渡って 運転技術やコツの教習を
おこなうことになったのだ。


その際に担当した者からの報告で
それは、終業間近、本人も運転が慣れ
最後の帰社ルートに限って、
カーナビも併用して帰社してみようかと提案したという。


ところが、カーナビを作動させた途端、
曲がる方向(曲がる所ではなく)すら
間違えてしまったのだと言う。


慌てて、カーナビを使用するのを
止めましたというもの。


もともと運転の操作とは、
操作機器類のスイッチ場所など憶えるという

そもそも暗記しておかなければ操作すらできなものと、


その他、

運転するに合理的な椅子の位置(ドライビングポジション)
ハンドルを持つ両手の位置 などなど、
過去の経験に基づいた (最大公約数的)合理的な
位置、角度というものを憶える(知識の蓄え)ということも
遠回りを回避し上達を促すために有効な
コツとしての記憶もある。


これは、他人が経験記憶から

無意識下にまで落としこまれた有効な手立てを
それぞれ形、言葉、映像などに後から

有意識上に抽出し暗記レベルにまで絞りだしたものもある。


実際の運転と言えば、ハンドルを回すのに、
上腕筋を収縮し、右大腿筋を緊張させてアクセルを踏み‥
などと憶えるものではなく、
基本的には体験によって記憶するものだ。


これは、ボタンをはめるとか、箸を使うとか、
それこそ あなた方 大人であれば、
すでに無意識下記憶が定着し、
そこは当たり前のようにできているであろうことも、

小さな子供を見ればわかるように、

幼子は、ボタンはめる時も、そのボタンと穴を凝視し、
一生懸命有意識としてはめている。


その段階的記憶の浸透具合が必要とされる。


一方、目や音(音声)などの情報(脳内処理)は、
明らかに有意識の中で聞き、判断し、
まさしく「考える」もので、「感じながら行動する」のと

「考えてから行動する」のでは、
そこにタイムラグが発生するのは必然だ。


ましてや

時間軸で明らかに動いている車の運転などは、
あきらかな差となって明確にその差を視て取れる。



(④につづく)