先日のdommuneでの放送を経ての僕の考え方を改めて述べておきます。
5年前と既視感のある議論に戻ってる場面もあり、思うところは色々。

僕が風営法改正運動に関わって得た経験は、本当に様々な立場から様々な視点があり、それを乗っける大きなテーブル作りが出来た事。
そのテーブルの上で熟議する。
事業者、行政、政治家、住民、ユーザー。
一番長く運動に関わっていた社交ダンスやサルサ業界もブラジリアンダンスも超党派で議論を続けたダンス議連のメンバーも。
だからテーブルを作った事への批判には個人的に反対です。

風営法を改正しても残された課題も多く、それは遊興の定義だったり地域規制だ。
ダンスさせる店、深夜営業の店の社会的貢献度やイメージを向上しつつ議論が出来れば良いと思っていただけに、警察の性急な行動には残念な思いです。ただ、改正後の議論でも出来ることを改正そのものの反対に入れ替えてしまう人もいる。
僕は都度都度改正そのものの意志に立ち返り、調整していくのが良いと思う。
でも、改正自体を否定したいという思いの方もいる。
ここへのこだわりも僕はあまり解らないが理由はあるんだろうと思う。
弁護士の場合は法廷闘争における戦略という視点もあるだろうし、それはそれで1つの考え方だ。

風営法改正に関しては、自分の視点から見える世界を絶対的正義として語ってたら進まなかった。5年前の僕は怒っていたし、それがモチベーションだった。
でもそこから本当に多くの人と話してテーブルを作った。六本木の大型クラブの摘発の際、僕はそもそもその店に行ったことも無かったけど、同じ構造の問題として語った。
なぜなら、クラブに普段行かない人の視点からは中でかかってる音楽や客層などは大きな問題ですらないからだ。

今起きてる事態に関して、風営法改正そのものが間違ってた!という話し方をしたい人は、だから、自分から見える世界以外のものを認めないと話してるように聞こえる。
昼間の営業ですら風営法下で規制されていた多くの業種、業界団体すら無かったクラブ業界、政治家、近隣住民、商店街。テーブルには様々な人が座っている。

風営法改正に関するヒントを得るためにアムステルダムやベルリンの事例も聞くようになり、実際に交流も生まれた。
もっとも欧州はそもそもの議論のテーブルが広く認知されている。過激な意見の人もいる中で、とにかく対話が重視されていた。行政との、業界間の、ユーザーとの対話だ。
向こうではdialogueという言い方をするが、これは全てのスタート地点だ。

社会はさまざまな要素で構成される。
クラブを社会的な存在として今後見ていくのであれば、この社会というテーブルから話を始めるしかないと僕は思います。
清掃活動に関しての意見は色々ありますが、社会的存在である、というアピールに最適なのは実は誰でも認める所です。
コミュニティの中で一緒に街の景色を作っていくという方向性です。

全体として社会的な貢献を重ねていけば、スタート時点で怪しまれたり煙たがれたりする事も減り、中での表現の自由度は担保されるのではないか?
と言うのが楽観的な僕の考え方。

その上で。
そもそもの風営法は事業者に対する法律。
金光さんは当事者として問題に正面から対処してましたが、多くの事業者が不在の中で改正運動に関わった。
今は事業者団体が立ち上がり、以前より多くの事業者が当事者意識を持って対応しているので。

やっぱり対話のテーブルが必要だったんだな、という思いはより強くなりました。

上記のような意見を述べつつ、個人的には支援Tシャツ買ったり、単純にライブしたり遊びに行ったりという以前からの、20年前からの、関わり方で行きたいと思います。体調の事もあるし!
楽しい場所としてのクラブにビガッ!

さて。
今夜は阿佐ヶ谷LOFTでマッハスピード豪速球のLOFTでマッハ。

マキタスポーツさんも出演との事でオフィス北野辞めた芸人トーク!


宇宙平和