広島のピカドンが8月6日、長崎が明日。この時期になると、必然的に原爆投下の惨禍を思う。

自分は芝居好きであるから　ー　と言っても諸般の事情で長らく観ていないけど　ー　演劇人と戦時とを、アレしてしまう。

宝塚なら玉岡かおる氏のこれ。

同じく宝塚なら・・・

はい、園井恵子さんですね。桜隊の。

美しかろ？　もうめっちゃ好みですもん❤️

園井恵子さんは1913（大正2）年8月6日生まれ。その32年後の、奇しくも誕生日に広島で被爆されたのだが、岩手県岩手郡松尾村の産である。

宝塚歌劇団に東北出身者は多く、かりんちょさん=杜けあきさん（仙台）でしょ、かなめさん（涼風真世さん）は石巻、コムちゃん（朝海ひかる）も仙台だったりする。She is 萩の月、うまうま〜♪

ただし。

みちのくの人にとって関西は、九州以上にアウェイ感があるんじゃなかろうか。プロレスラーのサスケ？　だったか、みちのくプロレスの悪役は常に関西人であった。

まして大正〜昭和初期に宝塚音楽学校に来日された園井氏の、心細さたるやいかばかりであったろうか。

それでも彼女は、何より芝居が好きだった。

在団時は男役も女役もこなす名バイブレイヤー。男役&女役で、ましてスターになるなど現在では考えられないが、氏はそれで一世を風靡したとか。

初舞台は1930（昭和5）年の『春のをどり』。月組に所属し、老婆から貴公子から縦横無尽に演じ分け、かの逸翁こと小林一三大先生からも賞賛されたと聞く。

彼女の本願はしかし新劇にこそあり、春日野八千代先生が主役を譲った1942（昭和17）年の『ピノチオ』を最後に退団。なんでも強行退団だったそうな。

爾来、築地小劇場以来の丸山定夫らと行を共に。

少し演劇史に触れておくと、日本の近代演劇のメインストリームは新劇である。新劇とはシェークスピアだのチェーホフだのイプセンだのの翻訳劇であり、システム的に西洋思想が這入って来る。

大正デモクラシーを経て昭和初期のそれはもちろんマルクス主義であるから、（小林多喜二らのプロレタリア文学同様）、基本左翼である。

要は日本近代演劇とは、すなわち共産主義・左翼の謂。ここ、試験に出るぞー

否が応でも、歴史的事実だからしょうがない。築地小劇場の流れを汲む戦後の民藝（民主藝術劇場。滝沢修・宇野重吉ら）にせよ文学座（杉村春子先生ほか）にせよ、俳優座（千田是也や初代黄門の東野英治郎ら）にせよ、みんな左翼であったのだ。

一方、宝塚はご承知のとおり全然左翼じゃない。右翼じゃないし、左翼でもない。イデオロギーを排した（というか換骨奪胎した）、敢えていうならヒューマニズムだろう。

また歌舞伎や能は伝統芸能だから、そもそも〝近代演劇〝の埒外である。歌舞伎界からスピンアウトした、前進座は別にして。

劇団四季はどうか。浅利慶太の父君は築地小劇場の創設メンバーだった。だからか浅利氏反発し、真正保守たる劇団四季を創設した。

※ここで「保守」というのは現在のクズウヨを意味しない。清く正しき保守である。つまり反共産主義ではあるけれど、いわば宝塚にも通底するアンチ排外主義のロマン派である。

大衆演劇はじめドサ回りの衆（失礼！）の眼目は専ら「舞台」　ー　いわば芸能至上主義　ー　であるから、イデオロギーは関係ないしおそらく興味もないだろう。坂口安吾に絶賛された、寅さんの初代おいちゃん・森川信をはじめとし。

園井恵子さんはしかし、左翼思想云々以前に翻訳劇をやりたかったのではないか。イプセン『人形の家』の〝女性だって人間なんだぜ？〝とか、チェーホフ『桜の園』のリアリズムとか。

いずれの作品も型に捉われる事なく、西洋的にガチで〝人間の本当〝を表している。そんな役柄をプレイしたかったんじゃなかろうか。

岩手の寒村で過ごした幼い頃から、ずっと。

自分が彼女を見初めたのは、阪妻主演のこの映画。

◆無法松の一生（稲垣浩監督・昭和18年）。いや福岡出身的に。

明治30年、日清戦争に勝利して沸く大日本帝国。北九州は小倉に、松五郎といふ車夫のあった。

松五郎（阪東妻三郎）は荒くれ者であり、喧嘩と義侠心がやたらと強い。ある日、仲間にいじめられていた少年（長門裕之が子役！）を助けたことで、陸軍将校の一家と知己になる。

一介の車夫と帝国陸軍の将校家とは身分が違う。しかしくだんの吉岡大尉（永田靖）は存外リベラルで、そんなことは気にしない。むしろ松五郎の明朗・純朴をば尊ぶ。

吉岡大尉の妻（園井恵子）も、息子を可愛がってくれる松五郎に感謝する事しきり。

吉岡大尉は日露戦争に向かって雨中強行した演習で、風邪を拗らせ急遽死去。園井恵子は未亡人に。少年すくすく成長するも、父親の無い女親としては、息子のことが心配でたまらない。

松五郎は何くれとなく少年の面倒を見、吉岡家に出入りする。そうこうしているうちに未亡人への、身分違いの思慕となってゆく。。。

◆こっちの方が筋がわかりやすいかな。同じ稲垣監督の戦後（昭和33年）版。

三船さんと高峰秀子さんバージョン@東宝。昭和18年のは絶賛戦時で軍国主義だったから、「きさんコラ、車夫如きが陸軍将校の未亡人にロマンスするなど不謹慎だろうが！」と軍部に検閲カットされた。昭和33年版は、同じ稲垣浩監督がそのリベンジで撮ったもの。

戦中版と戦後版、どちらが好きかといえば俺は三船バージョンだけど、しかし昭和18年のは園井恵子のプレイが素晴らしい。

何と言うのかなぁ。さすがは元宝塚、品があって、かつ子どもを抱えた未亡人の、か弱さ怖さをそこはかとなく表現しておる。もちろん高峰秀子氏も名優だけど、彼女はもともと気が強く、しおらしく演じているから却ってそれが垣間見える。

つーか、園井さんの方が単に好みに過ぎないからだが✌️

そんな園井恵子氏は昭和20年、広島で被爆。

「桜隊」といふ巡回劇団がありまして。昭和13年の国家総動員法以降、官はもちろん民衆も、一億全員火の玉だ。戦争準備と翼賛に駆り出された。

昭和初期のプロレタリア文学と左翼劇団大弾圧を経、いざ満州国建設から日中戦争、そんなベクトルに於いては既存劇団ほぼ壊滅。日本共産党も、システム的に全員牢屋入り。

演劇人はひたすら慰問、国内もとより大陸まで。そうでなければ食っていかれなかったのだ。劇場閉鎖で見料は無い。慰問なら、国から些少なりともギャラ出るし。

「桜隊」もその一団で、芝居をしたい園井恵子さんは、新劇の大先輩丸山定夫らと共に参加。

彼らは1945年8月6日、広島にいた。以下、Wikipediaから引用。

「園井が神戸から戻った8月6日午前8時15分、アメリカ占領下のテニアン基地より飛来したB29爆撃機〝エノラ・ゲイ〝が広島上空で原子爆弾を投下。そのとき桜隊の面々は朝食を終えて各自の部屋に戻っており、園井は中井家（注: 宝塚時代からの支援者）からの持参品を、皆で食べようと盆を手に廊下を歩いていた。

爆発の衝撃で園井は廊下から庭に放り出されて気を失ったが、すぐに意識を取り戻す。下敷きになっていた壁から這い出すと、近くに高山象三（高山徳右衛門すなわち薄田研二の子息）も倒れていた。高山は足先を負傷、園井は全くの無傷であり、ふたりは約1㎞離れた比治山に避難した。

比治山で一夜を過ごした園井と高山は、翌日に海田市町の知人宅へ赴き8日昼まで過ごしたのち、鉄道が復旧したことを知って神戸に戻り、中井夫妻と再会した。このときの園井は顔も服も薄汚れ、足元は地下足袋と男物の短靴を片方ずつ履いた〝乞食のような姿〝で、中井志づが一見して園井とは分からなかったほどだという。後年、志づが稲垣浩に送った手紙によれば、園井は『母さん、助かったのよ、助かったのよ』と言って志づに抱きつき、周囲も安堵し喜び合っていた。

翌日から園井は衰弱著しかった高山の看病にあたったが、そのうち自身にも放射線障害の兆候が現れ始めた。8月15日に終戦が伝えられると、園井の安否を気づかい中井家を訪れていた内海明子（宝塚の後輩、加古まち子）に、『これで思いっきり芝居ができるわ』と話し、目を輝かせていたという。

しかし園井の容体は悪化し、18日夜頃に少々の髪が抜けはじめ、高熱を19日に発し、その後皮下出血、下血といった放射線障害の症状が次々と顕在化し、急激に衰弱。

20日には床につき起き上がれなくなった。同日、高山象三が死去。翌21日、内海明子が氷で冷やしたガーゼを園井の頭に当てた際、『ああ、気持ちいいわ』とつぶやいたのが最後の言葉となる。

同日夕刻、内海重典（内海明子の夫で演出家）が宝塚歌劇団からの退職金を枕元に届ける。園井はそれを眼前にかざしたがすぐに意識を失い、中井夫妻、内海夫妻、象三の様子を見にきていた高山夫妻、桜隊演出家の八田元夫が見守る中で息を引き取った。満32歳没。

16日には厳島で丸山定夫が、24日は東京で仲みどりが死去し、桜隊で被爆した9名全員が1ヶ月以内に命を落とす結果となった」

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核抑止論に核武装、バランス・オヴ・パワーなどと言い条・・・でもなぁ。

俺はひたすら悼む。園井恵子のガチ舞台、いっぺん観たかった。できれば宝塚歌劇団の頃を。

先述のとおり、彼女はひたすら芝居をしたかったのだ。だから被爆後も小康時に

「これで思いっきり芝居ができるわ」

と。

自分はたまさか『無法松』で園井恵子さんを知り、ファンになった。いま彼女が現役だったら、会に入って入り待ち出待ちすらしたかも知らん。俺のキャラには合わんけど。

こんなミニマム・小文字の「好き❤️」から、大文字の「反核・世界平和」を考えてみるのも、特にこの時期アリなんじゃないでしょうか。

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では音。

◆今夜は1曲、イーグルスのバラードを。

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園井恵子と桜隊に至る日本近代演劇史は、すべてこの本に書いてあります。

◆堀川恵子『戦禍に生きた演劇人たち　ー　演出家・八田元夫と桜隊の悲劇』（講談社文庫）

ええ、もちろんマスト本です。