佐々木ベジというおもろいおっさん。
愛に気づいて下さい♪
僕が抱きしめてあげる~♪
あっ!どうも。
本日は『ペニシリンの日』らしいので、『ロマンス』を唄ってみました♪
+.ヾ(´∀`*)ノ キャッキャッキャ。+.゚懐かしいね♪
あれは、今からおよそ8年前のこと。
就職活動で様々な企業のお話を聞いてたときのこと。
とても面白い会社があったことを思い出しましたのでちょっと記入_〆(。。)メモメモ
東京は湯島に『フリージアホーム』というログハウスのメーカーがあってね♪
そこの社長さんが面白いことを言ってたんですよ。
『配給』という仕組みのお話なのですが、この『配給』とは
顧客の協力を得て計画的な生産・供給を行うことで、品質を向上させながら同時に価格(コスト)の引下げを図る製造供給システムを「配給」という。
配給とは、もの作りの最上流から最下流までの一貫した流れの中で、顧客参加により、合理的・計画的な生産体制への協力を得ることによって、全工程のムダとムラを省き、品質を倍にしながらコストを従来の半分に引き下げていこうとするもの作りの仕組みであり、「顧客参加型製造供給システム」とも呼ばれている。
視点を変えれば、配給は、市場経済の中の計画経済の実践とも言える。佐々木の取り組みから18年、フリージアグループは配給の基礎固めを終え、その高い生産性を実証する段階に至っているとしている
というもの(*´Д`)=зヨクワカンネ
その時は、『妙な事を言うおっさんやな~』と思ってたんですがね♪
この前、ウィキペディアでおっさんを調べてみたら、更なる胡散臭い内容が出てくる出てくる♪
かなりの通好みですぜ♪
ウィキペディアより↓ちょっと長いけど全部読んでみて♪おもろいから。
佐々木 ベジ(ささき べじ、1955年9月26日 - )は、日本の実業家。東京都・青ヶ島村出身。機械銘柄で東証二部に上場しているフリージア・マクロス株式会社代表取締役会長。
実弟は実業家の奥山治郎(フリージアハウス代表取締役社長・次男)、奥山一寸法師(フリージアマクロス及びフリージアトレーディング代表取締役社長・三男)。
①来歴
1955年9月に生まれる。島代々の名主家の血筋で、父親の名も島を治める意の「治」。
村長を務めていた父・奥山治がマクロビオティックの創始者桜沢如一の直弟子であり、熱心な実践者であったため、長男であった氏の名前も「ベジ」と名づけられた。因みに父・奥山治は、マクロビオティックの運動家として世界的に知られる久司道夫とは兄弟弟子でもある。
15歳の時に都立高校進学のため青ヶ島を離れ、1973年に、全寮制の東京都立秋川高等学校を卒業。
家電販売店(マヤ電気)に就職し、20歳の時(1975年)「フリージア家電」を創業する。
本人によると、当初は従業員もおらず、自ら秋葉原の路上でチラシを配って客を呼び止め、その場で商談し、店舗の場所を教えると、近道を走って戻って眼鏡をかけ上着だけ着替えて待ちかまえ客が到着すると『駅前にいたのは弟です。』と言って接客したという(宮尾すすむのああ日本の社長)より、商品も自らが配達していたという。
1978年に事業を法人化し代表取締役に就任。
この年から通信販売を手掛け、安売り路線で軌道に乗せた。
1981年には家電以外の商品に手を広げるなど事業を拡大、1989年度には年商200億円近くにまで成長させ、「秋葉原の風雲児」として、NHK「ルポルタージュ日本」等TV番組や、新聞等多くのマスコミに取り上げられたこともある。
1990年、エイボン・プロダクツの日本法人に対して買収を仕掛けたが、ネゴシエーション中にブラックマンデーをはさみ、エイボンの株価が急落したため、10億円のペナルティを払って撤退している。
東証二部の技研興業、東証一部の日本カーリットなどの株式を買い受け、上場企業数社の大株主ともなっている。
また、1991年には、累積損失87億円を抱え倒産の危機にあった谷藤機械工業のM&A再生を請われ代表取締役社長に就任。
機械製造の本業回帰方針を示し、15年の時を費やして塁損を一掃し今日の堅調軌道に乗せた。
配給の理念と称して、機械の標準化、生産の同期化を徹底したとされている。
いずれにしても、機械の名門・谷藤機械工業~マクロスの再建に成功した。NHKで1時間番組(ドキュメンタリー日本・社長交代)で取り上げられたこともあり、その経営手腕は専門家の間では高く評価されているらしい。(現在の社名・フリージア・マクロス)
2001年、フリージア・マクロス(旧谷藤機械工業)の代表取締役会長に就任。
マクロスは連結ベースで債務超過の状態が続いていたが、翌2002年度には連結純資産額がプラスに転じた。
現在では純資産額35億円、時価総額120億円の企業に成長するに至った。
以後も、同社を始めとするフリージアグループ企業群を率いており、グループ全体の時価総額は300億円とも500億円とも言われ、その大半の株式を佐々木が保有しているという。他に故郷では青ヶ島の土地面積の半分、隣の八丈島においても、島全体の10%を所有しているとの噂もある。
また、佐々木本人も父・奥山治同様「自然食主義者」であり、グループ企業を中心に普及啓蒙活動に取り組んでいる。自然食手当、マラソン手当、ウォーキング手当を社員に支給しモチベーションアップを図る等、社員の健康確立こそが企業の使命であるとしている。
②人物評
創業当時(1970年代)より、思い切った家電の安売り、無店舗販売、通信販売、製造業への転換、配給という独特な事業理念etc.様々な面で注目を集めてきた経営者であるが、バブル経済を活用し成功したという伝聞もあり、「謎の多い人」との声も一部に聞かれる。
20年程前に1,700億円という膨大な借金を残して会社を倒産させた経歴もあり、そこから再起して今日につなげた生きざまは伺い知れず、日本中のバブル神話の中でただ一人の生き残りとされている。
そこで培った人脈は多岐に亘るとされ、政界、経済界に留まらず、あらゆる方面に手を打つことのできることから新しいタイプのフィクサーと噂されており、謎の多い人とされる由縁である。
しかし、一方では、玄米自然食、空手、剣道、ウルトラマラソン(100km走)の熱心な実践者であり、美術・音楽・文筆等も多才に行なっており、財団法人人形美術協会・会長、日本声楽家協会・理事長にも就任している。非常にストイックな一面を持つ人物とされている。
現在は、フリージアトレーディングを核として、比較的優良な企業群を10数社程率いている。中小企業の再建を特に得意としている他、諸外国においては、スウェーデン、ベトナムに特に強い人脈を有するという。ロシアにも技術学校を設立し、地元に貢献しているという話もある。
最近では多くの会社の民事再生法の、スポンサー引き受けを行なっている模様である。
どう?
なかなか興味深いおっさんでしょ?
以前、姉歯の野郎の一件で名前の知れた住宅確認検査機関『イーホームズ』(倒産)の『藤田東吾』社長もおっさんの弟子なんですよ。
駅前の広告看板が撤去。
昨日、大分駅前を走っておりましたら、とある看板が撤去されておりました。
大きくて目立っていたのに・・。
画像で見ると、左上のほうにある撤去されて鉄骨が見えてる看板ね(。・ω・)ノ゙
そこの掲げられていたのはマンション販売会社『ジョー・コーポレーション』でした。
テレビCMで『日本の住宅は高すぎる!』
と言ってより消費者に手が届きやすい価格帯で販売しておりましたが見事に民事再生法を適用。
このようなプレスも↓
株式会社ジョー・コーポレーション
代表執行役社長 中 岡 大 起
本日2月6日、当社の平成21年1月21日付民事再生手続開始の申立てにつきまして、松山地方裁判所より再生手続開始の決定を受けましたのでお知らせいたします。
申立て時点で未完成・契約済未着工の状況にありました全工事物件204件のうち、本日現在で約8割を超える171件が完成または工事再開・着工が決定しておりますが、当社といたしましては、本開始決定を受けまして、これまでにも増して全社一丸となって再生に向け取り組んで参る所存ですので、今後の当社の再建に何卒ご理解とご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。
九州からは完全撤退のようで、利益の出てる本社・松山市の関連会社を中心に再建を進めていくそうです。
やはり、『安かろう、良かろう』は無いんでしょうね・・。


