建築士darrellmayのナントカ日記。 -147ページ目

縄文土器が南アメリカ大陸で発見♪

今からおよそ5,000年前
われわれの遠い祖先である縄文人たちは
太平洋を越え、南太平洋ネシア諸島へ漕ぎ出して
最後には、南米大陸にまで到達していた?
何の目的で、日本列島から1万6千キロもの洋上を
粗末な丸木舟で、しかも何代もかけながら。
それは縄文人たちのロマンであったのか。
それとも生活圏の拡大のためなのか。
争いからの逃避だったのか。
ただ単に漂流者たちだったのか?



「縄文人」といえば、歴史教科書で(狩猟採集人)で(放浪人)で、その日暮らしの謎の多い(原始人)というイメージであった。
「三内丸山縄文遺跡」の情報発信から、縄文人の生活様式や文化文明は高度なもので、はつらつと生活していた様が明らかになり考古学者を慌てさせ、そして見直しを迫られている。

また「三内丸山縄文遺跡」から20km.離れた津軽半島の蟹田町「大平山元遺跡」が発掘調査された。
その遺跡は縄文草創期の遺跡であり、「無紋土器」の小さな破片が数点出土していた。その「無紋土器」破片の作成年代を放射能炭素測定法で測定したところ、16,500年前の物と判定があり、日本最古の土器ではないかとまたまた学会を困惑?させている。

となれば、土器の起源が沖積世の時代よりも更に数千年遡ることになる。草創期で有名な遺跡としては泉福寺洞穴遺跡(長崎)があり、そこからは「豆粒文土器」「隆線文土器」が発掘され約13,000年前~11,000年前のものと測定されており、学者間ではこれらを最古のものとしている。

日本の土器は世界的に見ても非常に古い歴史を持っているので、土器は日本で発生して世界に伝播したという説が有力である。

 縄文人は狩猟採集民族として教わっているので、どうしても「海」とは結びつかず「山の人」「陸の人」としか考え付かなかった。しかし考えて見れば縄文人の先祖は「海」を渡って日本列島に辿りついたことであり「海の人」でもあることが明白である。

縄文人の先祖は、①シュメール地方②インド東北部地方③チベット西部地方などから、琉球列島経由、中国朝鮮半島経由、あるいはシベリヤ韃靼地方経由で日本列島に海を渡って辿り着いたと言う。同時に石器文明を運んで来ているが、縄文土器は日本列島内で発明されたものと学者間では多数意見である


この視点から考えると、縄文土器が当時交流が無かった外国の遺跡から発掘されることはありえないことである。
しかし驚くことに、南太平洋の島々の遺跡で「縄文土器」が出土していたのである。
1998年8月14日読売新聞に「南太平洋縄文土器」と言う新聞記事があり、その土器様式について細部にわたり報告されている。
日本から6,000kmも離れた南太平洋上のブアヌアツ共和国エファテー島の遺跡で、40数年前、フランスの考古学者ジョゼ・ガランジェ博士が、この地方から珍しい土器を13~14片を発見したと論文で発表したところ、ハワイ・ビショップ博物館の篠遠喜彦博士が「縄文土器」であることを指摘され、さらに東北大学名誉教授芹沢長介博士が詳細に追跡調査の結果、日本の縄文時代早期の円筒下層C式・D式に非常に似ている。と仮説を発表した。
 
この様式の縄文土器は紀元前2,000年3,000年のものであり、仮説はメラネシアにおける土器の起源に大きく影響することになり、当時の考古学者の常識から見ればあまりにも奇想天外な仮説であると、その後20数年は疑問を持ちながらも「エファテーの縄文土器」は放置されていた。が、1993年に先の篠遠博士がアリゾナ大学W・デイキンソン博士、サイモン・ブレイザー大学R・シャトラー博士と共同で、土器の調査分析に着手した結果、驚愕の成果を発表した。
 
①年代測定には「熱ルミネッセンス法」により測定され、約5,000年前(縄文前期末)~約4,500年前(縄文中期末)作成されたものと測定。

②土器形成成分分析においては、ブアヌアツには存在しない鉱物が認められ、しかもそ の成分は青森県内出土の縄文土器と形成成分が、質、量、技法等が一致し、そのものである と判明した。


「エファテーの縄文土器」は縄文土器に似ているのではなく、古代津 軽の特産品「三内丸山集落土器工房謹製」の縄文土器そのものだったのである。

中国朝鮮、韃靼地方、アリューシャン列島の遺跡から僅かに出土する縄文土器は、古代から交流のある近隣地域であるので納得するが、太平洋を隔てた遥か南洋の島々に「海の人」としての縄文人は、何を目的に渡航したものなのか、渡航の手段は?日数は?渡航人数は?と、いろいろ考えると渡航者本人の気分興奮して胸がワクワクしてくる。


南太平洋上の他の地域、例えばポリネシア、ミクロネシア、硫黄島、ニューカレドニア、パプアニューギニア、イースター島にも縄文土器らしい土器破片が出土したり、土器破片が出土しないまでも、古代信仰、習慣、言語を同じくするものが多くあり(注)、もしかして「三内丸山縄文文化」は古代世界の文化文明の発信地ではなかったろうかと考えるのは、私ばかりでしょうか。
 (注)・海幸彦、山幸彦の神話
    ・巨石信仰、磐信仰、巨木信仰、蛇(龍)信仰、万物霊信仰
    ・巫女(おしら様)信仰、天神地神信仰
    ・魚醤、噛み酒
    ・アヤ、アバ、ヤヤ、(父と母ー逆の場合もある)ウム(産む)等々。





『三内丸山遺跡出土縄文土器』


1965年「ライフ紙」で大々的に報道されたニュースに「南米・エクアドル」で縄文土器が発掘されたと。これに対して日本の考古学者は地球の裏側で縄文土器など発掘されるはずが無い。とばかりに否定も肯定もせず何の反応も示すことが無かった。


「南米・エクアドル」の太平洋に面した小さな島の「バルデイビア遺跡」の調査報告であり、アメリカと現地考古学者の共同発掘調査で、縄文土器に酷似した文様様式の土器破片が出土したものであり、その後5年をかけてスミソニアン研究所考古学者の鑑定した結論は、 次の通りであった。

『同じ様式の土器は、同時代の南米地域の遺跡から発見されていない。中央アンデス文明自体は、まだ土器でなく植物の瓢箪の容器を使用していた時代に、唐突に極めて水準の高い土器が、アンデス文明地域から遠隔地の太平洋岸の「バルデイビア」に発掘されたことが、太平洋考古学上の大発見であることは言うまでも無い。
つまり縄目文様の特異な縄文式仕様の「バルデイビア土器」は、ほぼ確実に縄文土器の影響を受けて製作されたものである。』
 
発掘から40年経つのに現在も発掘調査が継続されているそうであるが、その成果を期待したいものである。

+.ヾ(´∀`*)ノ キャッキャッキャ。+.゚
+.ヾ(´∀`*)ノ キャッキャッキャ。+.゚
+.ヾ(´∀`*)ノ キャッキャッキャ。+.゚

すばらしい(*゚▽゚)*。_。)*゚▽゚)*。_。)ウンウン
なんてすばらしい文章なんだ(*゚▽゚)*。_。)*゚▽゚)*。_。)ウンウン
興味津々です♪

吉野家のシンガポールのHPは妖しい・・。

http://yoshinoya.com.sg/

シンガポールの吉野家のホームページです。
無茶苦茶です+.ヾ(´∀`*)ノ キャッキャッキャ。+.゚


ページを開くと案内してくれる牛がいきなり子供の声でカタコトの日本語で

「ご自在さに迷うな」( ゚∀゚)・∵エッ??☆

英語表記では『Welcome! Do wonder freely』(ようこそ! 自由に驚いてね)

ん~・・。意味不明


そして注目は『TAKO OTAKU』というゲーム。。

小さな牛がタコをよけながら宝を獲得するもので、タコに捕まってしまうと食べられて咀嚼された揚句、吐き捨てられるという残虐の極み(*゚▽゚)*。_。)*゚▽゚)*。_。)ウンウン。

ゲームをやめると『失われるか』という表記さえも・・( ゚∀゚)・∵ブハッ☆


このゲームの紹介も「章魚さんの食べ物を成るよ」??

もう最高♪
そういえば、吉野家には5年は行ってない・・。
どんな味だったっけ??(*´ェ`*)

釜山港へ帰れ!ってあんたのことじゃいヽ(`ε´*

桂 銀淑、覚せい剤所持で逮捕ヽ(`ε´*

『釜山港に帰れ~』と叫んだのはおいらだけではないはずだ( ゚∀゚)・∵マチガイナイ

そんなことはどうでもいいですけどね(´∀`*)

植え込みシーズンラストスパートのチューリップ♪

もう5割引の札が貼ってありました・・。

食品のタイムセールとかなら解るけど、植物の5割引というのを見ると悲しくなりますね(*´ェ`*)

もちろん買いますけど何か??


オランダ産の珍種のチューリップだってさ♪

深底鉢に入れてみようかな~(*゚▽゚)*。_。)*゚▽゚)*。_。)ウンウン

ほんとにこんな色になるのかな~

楽しみだな~♪

昨夜はCDを整理してました(。・ω・)ノ゙
そしたらガクトの初ソロシングル(マキシになるのか??)が出てきました・・。

『マリスミゼル』をまだ引きずってる風なジャケだね~(*゚▽゚)*。_。)*゚▽゚)*。_。)ウンウン

でもいい曲だよ~♪
『ミゼラブル』

『ジャンバ~ルジャ~ン♪』+.ヾ(´∀`*)ノ キャッキャッキャ。+.゚