第4回京都検定 | 燃えろ!ハンガリー語学習記

第4回京都検定

ながらくハンガリー語を休んでおりました。


京都検定の勉強の仕上げをしていましたので。


と言っても、勉強を始めたのが、試験の1ヶ月前。

過去問を解いたのが、3日前。


受けたのは、いきなり2級。

だが、2級は1級への通過点に過ぎない(1級受験資格者は2級合格者のみ)。


100問中、7割正答すれば合格です。


では、見ていきましょう。


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1)平安京内裏の正殿で、南庭に「左近の桜」、「右近の橘」が配されている建物はどれか。


ア)大極殿

イ)紫宸殿

ウ)清涼殿

エ)宜陽殿


2)東寺を下賜された空海が天長5年(828年)に設立した学校はどれか。


ア)奨学院

イ)勧学院

ウ)綜芸種智院

エ)弘文院


3)「極楽浄土のこのよにあらわれける」(大鏡)と、その壮麗さを謳われた法成寺を建立し、「御堂関白」と称されたのは誰か。


ア)藤原道長

イ)源高明

ウ)藤原頼通

エ)源順


4)鳥羽院の死後、崇徳上皇方と後白河天皇方に分かれて争った戦乱で、「ムサ(武者)ノヨ」(愚管抄)を告げるきっかけとなったのはどれか。


ア)平治の乱

イ)承久に乱

ウ)応仁の乱

エ)保元の乱


5)文治元年(1185年)、壇ノ浦の合戦で安徳天皇とともに入水したが助けられ、帰京後出家して大原の寂光院に隠棲したのは誰か。


ア)上東門院

イ)待賢門院

ウ)美福門院

エ)建礼門院


6)元弘元年(元徳3年、1331年)、光厳天皇が即位した里内裏で、現在の京都御所の前身になったのはどれか。


ア)二条富小路殿

イ)土御門東洞院殿

ウ)三条烏丸殿

エ)大炊御門高倉殿


7)16世紀半ば、京都に滞在したイエズス会のポルトガル人宣教師で、織田信長にも謁見し、日本での見聞を「日本史」にまとめたのは誰か。


ア)ザヴィエル

イ)ヴィレラ

ウ)フロイス

エ)オルガンティーノ


8)八百屋仁左衛門の娘で、江戸幕府5代将軍徳川綱吉の母となり、善峯寺や乙訓寺なども修興したのは誰か。


ア)東福門院

イ)桂昌院

ウ)高台院

エ)承秋門院


9)寛政元年(1789年)から翌2年にかけて行われた京都御所の造営は、古制にならって復元することが第一とされた。その際参考にした「大内裏考証図」の作者は誰か。


ア)伊勢貞丈

イ)二鐘亭半山

ウ)裏松固禅

エ)喜田川守貞


10)狩野派一門による豪華絢爛な障壁画で知られ、慶応3年(1867年)大政奉還の舞台ともなった二条城の建造物はどれか。


ア)二の丸御殿

イ)香雲亭

ウ)本丸御殿

エ)天守閣


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本当は、100問全部紹介しようと思ったけれど、疲れるので止めます。

漢字も上手く変換されないし。。。


これはまだ序の口で、これ以上の難問奇問が更に私を苦しめたのであります。




ついでに、この10問で正解は8問ありました


1)を間違えたのが痛い!(アと解答しました)

9)は解答がいまだ分からない。。。(ひょっとすると合ってるかもしれない)




解答は、1)イ・2)ウ・3)ア・4)エ・5)エ・6)イ・7)ウ・8)イ・9)?・10)ア、です。