人気の無い木陰で、二人の男女が寄り添っていた。男の名は、マックス。そして、女の名は、アガーテと言った。
二人は愛し合っていたが、アガーテの父親がそれに反対をしていた。そのため、二人は人目を避けて会うより他は無かったのだ。
「お父様さえ、許してくれれば、こんな風に隠れて会う必要も無いのに」アガーテが若干、周囲を気にしながら、そう呟く。
「ごめん、アガーテ。僕が将軍に認められていないばかりに」その呟きに気づき、マックスの顔が曇る。
「マックスの所為じゃないわ」アガーテが、慌ててそう否定する。
「全部、お父様の所為よ。分からず屋なんだから」そして、口を尖らせて、そう言った。
「そんな事を言ってはいけないよ。君の父、クーノー将軍は素晴らしい方だ。将軍がいるから、この街は今も平和でいられる。それに、将軍は君の事が心配だからこそ、厳しい事を言うんだ」そう諭すように言うマックスの表情は、まだ、曇ったままだった。
「ごめんなさい、マックス。わかってはいるの。でも……」
「ああ、謝らなくて良いんだ。それに、謝るのは僕の方だ。功を立てて認めて貰おうにも、この頃の不調の所為で次の戦からも外されてしまった、不甲斐ない僕の方のね」マックスはそう言うと、深い溜息をついた。
「マックス……。ううん。大丈夫よ。マックスなら、いつか必ず、お父様も認めて下さるわ。だって、あなたは私の愛した人だから」アガーテがそう、慰めるようにマックスの手を両手で握る。
「ありがとう、アガーテ」マックスは少し照れたように言うと、優しくアガーテを抱き締めた。
「マックス!」アガーテと分かれて帰路へとつくマックスに、一人の男が笑顔で声をかけた。
「カスパールか。どうかしたのか?」その人懐っこそうな笑顔に、多少暗く沈んでいたマックスも思わず笑顔になる。
「クーノー将軍がお呼びだ」カスパールはそう言うと、親指で背後を指差した。少し遠いが、その指の方向に、敬愛するクーノー将軍、そして、最愛のアガーテの住む屋敷がある。
「将軍が?」それを聞くと、マックスの顔から笑顔が消えた。
「きっと、朗報だと思うよ。だから、そんな似合わない暗い顔は止めて、胸を張って行くんだ」カスパールがそう、笑顔でマックスの背中を叩く。
すると、マックスは苦笑し、少し笑顔を取り戻した。そして、お返しとばかり、カスパールの背中を同じように叩く。
「ありがとう。じゃあ、行くよ」
そして、マックスはカスパールに軽く手を振ると、背を向けて歩き出した。その背中を、カスパールは静かに見送った。
「失礼します」マックスはそう言うと、ゆっくりと扉を開いた。
部屋の中には、一人の初老の男がいた。その男は威厳に満ち溢れ、静かにマックスの一挙手一投足を見つめていた。
「どのような御用件でしょうか、クーノー将軍?」緊張しているのか、マックスの表情は硬かった。
「そう、硬くなるな。別に、娘との事で呼んだわけではない」
クーノー将軍にとって、その台詞は冗談のつもりだった。が、マックスにはあまり冗談にはならなかったようで、さらにその表情を硬くした。
「ふむ。今のは、あまり面白い冗談ではなかったか?」将軍はそう言うと、苦笑した。
「い、いえ、そうではありませんが。も、申し訳御座いません」マックスが慌ててそう、否定する。
「まぁ、良い。君を呼んだのは、他でもない。次の戦の話だ」将軍が本題を切り出す。
「はい。私は部隊から外されると、聞いております」
「君の調子が悪い事は、伝え聞いている。功を急ぐあまり、調子を崩したのではないか?」
「いえ、そのような事は」そう答えたが、図星を指されたのか、マックスは冷や汗を流していた。
「確かに、弓兵が目に見える大きな功績を残す事は、難しい。だが、功は急いで得る物ではない。君を見ている者は、ちゃんと見ている」
「はい。わかっております。わかってはいるのですが……」
「だが、功をあせるあまりに戦から外されては、意味が無かろう? 機会を得なければ、それを好機とする事すらも、叶わぬ」将軍が諭すように言う。
「確かに、その通りです。ですが……」マックスはそう言うと、力無く頭を垂れた。
暫しの沈黙。何事か考えているのか、将軍は黙って項垂れたままのマックスを見つめていた。
「機会が欲しいか?」将軍が口を開く。
「はい!」マックスが勢い良く、顔を上げる。
「良かろう。次の戦まで、そう日はない。鍛錬に励むが良い。話は、それだけだ」
「ありがとう御座います」マックスがそう、深く頭を下げる。
「マックス。君は良い親友を持ったな」
「え? まさか」マックスが顔を上げると同時に、驚きの声を上げる。
「行け。残された時間は、多くはない」
「はい。失礼します」
将軍の屋敷を出ると、マックスはカスパールがいる事に気づいた。そして、同時にカスパールもマックスに気づき、いつもの笑顔を見せた。
「やぁ。やっぱり、君が心配で、ちょっと様子を見に来たんだ。将軍は何と仰っていたんだい?」
「ありがとう、カスパール。君と言う親友がいて、本当に良かったと思うよ」
「何を言ってるんだい? それは、私の台詞だよ。流れ者の僕を傭兵ではなく、この街の正規兵にしてくれたのは、君のおかげじゃないか!」
カスパールの言うとおり、彼は数週間ほど前にこの街に来た人間だった。そして、この街で正規兵になれるのは、この街に生まれた者、あるいはこの街で生まれた者との親類縁者である事が、明文化はされていなかったが、重要な条件であった。
だが、カスパールは傭兵ではなく、正規兵となる事を望んだ。カスパールの腕は確かであったが、正規兵を従える将軍の何人かは、前例が無いとそれに反対した。
その逆に、カスパールを正規兵に押す者もいた。街に着て間もないカスパールではあったが、持ち前の人懐っこい笑顔と誠実な人柄が、彼に多くの仲間や理解者を得させたのである。その中の一人には、クーノー将軍もいた。そして、もちろん、マックスもいたのである。
「僕だけの力じゃない。それに、君の実力は申し分なかった。君が正規兵になれたのは、当然の事だったんだよ」
「それでも、君が力を貸してくれた。その事実は、変わらない。そして、僕はその事を決して忘れない」カスパールがいつに無く真剣な表情で、そう言う。
「ありがとう。僕も君が力を貸してくれた事を決して忘れないよ」
「ふふ。さぁ、兵舎に帰ろう」カスパールはそう言うと、マックスと共に歩き始めた。
「そう言えば、こんな噂を知ってるかい?」と、兵舎に戻る途中、カスパールがそう聞いてきた。
「どんな噂だい?」
「北の森に、悪魔が住み着いたらしい」カスパールが若干声を潜めて、そう言う。
「悪魔だって? そんな馬鹿な」マックスが信じられないと言う表情をする。
「ああ、馬鹿馬鹿しい噂だ。それで……、その悪魔は不思議な矢を持っているらしいんだ」
「不思議な矢?」矢と言う言葉に、マックスはどきりとした。
「悪魔がその力を込めた、魔法の矢さ。その矢は、ただ射さえすれば、必ず標的に当たるらしい」
「必ず……、当たる……」と、マックスが立ち止まる。が、マックス自身それに気づいてはいなかった。
「マックス? ただの噂話だ。そんなに、真剣に聞くような話じゃない」それに気づき、カスパールが振り返って、そう左右に手を振って言う。
「あ、ああ。そうだね。そんな噂話に惑わされるなんて、僕は疲れてるのかな?」そこで初めて、マックスは自分が立ち止まっている事に気づき、苦笑する、
「今日は、早く寝ると良い。次の戦で活躍するためにも、疲れを残していてはいけない。」
「うん。そうするよ。ありがとう、カスパール」マックスはそう、笑って答えた。
だが、そのマックスの笑顔は硬かった。そして、マックスは歩きながら、こう呟いていた。
「必ず標的に当たる、魔法の矢……」
そのマックスの呟きは、カスパールの耳には届かなかった。
二人は愛し合っていたが、アガーテの父親がそれに反対をしていた。そのため、二人は人目を避けて会うより他は無かったのだ。
「お父様さえ、許してくれれば、こんな風に隠れて会う必要も無いのに」アガーテが若干、周囲を気にしながら、そう呟く。
「ごめん、アガーテ。僕が将軍に認められていないばかりに」その呟きに気づき、マックスの顔が曇る。
「マックスの所為じゃないわ」アガーテが、慌ててそう否定する。
「全部、お父様の所為よ。分からず屋なんだから」そして、口を尖らせて、そう言った。
「そんな事を言ってはいけないよ。君の父、クーノー将軍は素晴らしい方だ。将軍がいるから、この街は今も平和でいられる。それに、将軍は君の事が心配だからこそ、厳しい事を言うんだ」そう諭すように言うマックスの表情は、まだ、曇ったままだった。
「ごめんなさい、マックス。わかってはいるの。でも……」
「ああ、謝らなくて良いんだ。それに、謝るのは僕の方だ。功を立てて認めて貰おうにも、この頃の不調の所為で次の戦からも外されてしまった、不甲斐ない僕の方のね」マックスはそう言うと、深い溜息をついた。
「マックス……。ううん。大丈夫よ。マックスなら、いつか必ず、お父様も認めて下さるわ。だって、あなたは私の愛した人だから」アガーテがそう、慰めるようにマックスの手を両手で握る。
「ありがとう、アガーテ」マックスは少し照れたように言うと、優しくアガーテを抱き締めた。
「マックス!」アガーテと分かれて帰路へとつくマックスに、一人の男が笑顔で声をかけた。
「カスパールか。どうかしたのか?」その人懐っこそうな笑顔に、多少暗く沈んでいたマックスも思わず笑顔になる。
「クーノー将軍がお呼びだ」カスパールはそう言うと、親指で背後を指差した。少し遠いが、その指の方向に、敬愛するクーノー将軍、そして、最愛のアガーテの住む屋敷がある。
「将軍が?」それを聞くと、マックスの顔から笑顔が消えた。
「きっと、朗報だと思うよ。だから、そんな似合わない暗い顔は止めて、胸を張って行くんだ」カスパールがそう、笑顔でマックスの背中を叩く。
すると、マックスは苦笑し、少し笑顔を取り戻した。そして、お返しとばかり、カスパールの背中を同じように叩く。
「ありがとう。じゃあ、行くよ」
そして、マックスはカスパールに軽く手を振ると、背を向けて歩き出した。その背中を、カスパールは静かに見送った。
「失礼します」マックスはそう言うと、ゆっくりと扉を開いた。
部屋の中には、一人の初老の男がいた。その男は威厳に満ち溢れ、静かにマックスの一挙手一投足を見つめていた。
「どのような御用件でしょうか、クーノー将軍?」緊張しているのか、マックスの表情は硬かった。
「そう、硬くなるな。別に、娘との事で呼んだわけではない」
クーノー将軍にとって、その台詞は冗談のつもりだった。が、マックスにはあまり冗談にはならなかったようで、さらにその表情を硬くした。
「ふむ。今のは、あまり面白い冗談ではなかったか?」将軍はそう言うと、苦笑した。
「い、いえ、そうではありませんが。も、申し訳御座いません」マックスが慌ててそう、否定する。
「まぁ、良い。君を呼んだのは、他でもない。次の戦の話だ」将軍が本題を切り出す。
「はい。私は部隊から外されると、聞いております」
「君の調子が悪い事は、伝え聞いている。功を急ぐあまり、調子を崩したのではないか?」
「いえ、そのような事は」そう答えたが、図星を指されたのか、マックスは冷や汗を流していた。
「確かに、弓兵が目に見える大きな功績を残す事は、難しい。だが、功は急いで得る物ではない。君を見ている者は、ちゃんと見ている」
「はい。わかっております。わかってはいるのですが……」
「だが、功をあせるあまりに戦から外されては、意味が無かろう? 機会を得なければ、それを好機とする事すらも、叶わぬ」将軍が諭すように言う。
「確かに、その通りです。ですが……」マックスはそう言うと、力無く頭を垂れた。
暫しの沈黙。何事か考えているのか、将軍は黙って項垂れたままのマックスを見つめていた。
「機会が欲しいか?」将軍が口を開く。
「はい!」マックスが勢い良く、顔を上げる。
「良かろう。次の戦まで、そう日はない。鍛錬に励むが良い。話は、それだけだ」
「ありがとう御座います」マックスがそう、深く頭を下げる。
「マックス。君は良い親友を持ったな」
「え? まさか」マックスが顔を上げると同時に、驚きの声を上げる。
「行け。残された時間は、多くはない」
「はい。失礼します」
将軍の屋敷を出ると、マックスはカスパールがいる事に気づいた。そして、同時にカスパールもマックスに気づき、いつもの笑顔を見せた。
「やぁ。やっぱり、君が心配で、ちょっと様子を見に来たんだ。将軍は何と仰っていたんだい?」
「ありがとう、カスパール。君と言う親友がいて、本当に良かったと思うよ」
「何を言ってるんだい? それは、私の台詞だよ。流れ者の僕を傭兵ではなく、この街の正規兵にしてくれたのは、君のおかげじゃないか!」
カスパールの言うとおり、彼は数週間ほど前にこの街に来た人間だった。そして、この街で正規兵になれるのは、この街に生まれた者、あるいはこの街で生まれた者との親類縁者である事が、明文化はされていなかったが、重要な条件であった。
だが、カスパールは傭兵ではなく、正規兵となる事を望んだ。カスパールの腕は確かであったが、正規兵を従える将軍の何人かは、前例が無いとそれに反対した。
その逆に、カスパールを正規兵に押す者もいた。街に着て間もないカスパールではあったが、持ち前の人懐っこい笑顔と誠実な人柄が、彼に多くの仲間や理解者を得させたのである。その中の一人には、クーノー将軍もいた。そして、もちろん、マックスもいたのである。
「僕だけの力じゃない。それに、君の実力は申し分なかった。君が正規兵になれたのは、当然の事だったんだよ」
「それでも、君が力を貸してくれた。その事実は、変わらない。そして、僕はその事を決して忘れない」カスパールがいつに無く真剣な表情で、そう言う。
「ありがとう。僕も君が力を貸してくれた事を決して忘れないよ」
「ふふ。さぁ、兵舎に帰ろう」カスパールはそう言うと、マックスと共に歩き始めた。
「そう言えば、こんな噂を知ってるかい?」と、兵舎に戻る途中、カスパールがそう聞いてきた。
「どんな噂だい?」
「北の森に、悪魔が住み着いたらしい」カスパールが若干声を潜めて、そう言う。
「悪魔だって? そんな馬鹿な」マックスが信じられないと言う表情をする。
「ああ、馬鹿馬鹿しい噂だ。それで……、その悪魔は不思議な矢を持っているらしいんだ」
「不思議な矢?」矢と言う言葉に、マックスはどきりとした。
「悪魔がその力を込めた、魔法の矢さ。その矢は、ただ射さえすれば、必ず標的に当たるらしい」
「必ず……、当たる……」と、マックスが立ち止まる。が、マックス自身それに気づいてはいなかった。
「マックス? ただの噂話だ。そんなに、真剣に聞くような話じゃない」それに気づき、カスパールが振り返って、そう左右に手を振って言う。
「あ、ああ。そうだね。そんな噂話に惑わされるなんて、僕は疲れてるのかな?」そこで初めて、マックスは自分が立ち止まっている事に気づき、苦笑する、
「今日は、早く寝ると良い。次の戦で活躍するためにも、疲れを残していてはいけない。」
「うん。そうするよ。ありがとう、カスパール」マックスはそう、笑って答えた。
だが、そのマックスの笑顔は硬かった。そして、マックスは歩きながら、こう呟いていた。
「必ず標的に当たる、魔法の矢……」
そのマックスの呟きは、カスパールの耳には届かなかった。