レインは夢を見ていた。それは、レインの決して思い出したくなかった、忌まわしい過去の再現であった。
 夢の中で、レインは野原で大の字に寝転び、満天の夜空を見詰めていた。夜の涼しげな風がレインの頬を撫で、草や木が静かに佇んでいた。
 静かな夜であった。まるで、この世には自分一人だけしか存在しないかのような気分に、レインがなりつつあるほどの……。
 と、そのレインの思いを消し去る声がした。それは、最愛の妹のディゼの泣き叫ぶ声であった。
「なっ?」レインは飛び起きた。
 そして、しばらくの間、茫然としていると、レインは一路我が家へと駆け出していった。やがて、レインの母と父の声もその耳に入り込んできた。それは、どちらも悲痛の叫びであった。
 レインは焦り出していた。何が家で起きているのか、レインには見当がつかなかった。が、今のレインには急いで家へと帰る事しか、それを知る術は無かった。
 やがて、レインは血の臭いを嗅ぎ取った。それは、決して嗅ぎたくはなかった、非常に嫌な臭いであった。
「親父! おふくろ! ディゼ!」思わず、レインはそう叫んでいた。
 そして、レインはようやく、自分の家へと帰り着いた。そこには、信じられない光景が広がっていた。
 入口の扉は破壊され、その近くに四体の馬が繋がれていた。血の臭いはその入口より漂ってきており、そこからは人の争う喧噪が聞こえてきていた。
 レインは躊躇った。そして、言い知れぬ恐怖に吐き気と目眩を催し、レインはゆっくりと崩れ落ちた。
「おかあさん……!」と、その瞬間、ディゼの悲痛の叫びが聞こえてきた。
「ディゼ!」次の瞬間、レインは立ち上がり、家へと飛び込んでいた。
 そこには、レインの父親と妹のディゼ、そして、四人の不気味な仮面をつけた男達がいた。その男達の足下には、無残な姿と化したレインの母親の姿もあった。それは、レインが一番見たくない光景であった。
 四人の男のうちの一人が、血に染まった一本の剣を握り締めていた。その血は、正しくレインの母親の血であった。
「おふくろ?」レインはそう叫んだ。
「レイン?」レインの父親はそのレインを見ると、そう驚きの声を上げた。
「おにいちゃん!」と、ディゼの顔が明るくなり、そして、再び暗くなった。
「何奴?」四人の男がそうレインの方を振り返る。
「う……、嘘だろ……? そうだよな……、親父? ディゼ? なあ……、おふくろ。冗談は止めて……、早く起き上がってくれよ……?」レインの声は震えていた。
「この家の者か……。ならば、生かす訳にはいかんな」そう四人の内の一人が言う。どうやら、この男が他の三人の指揮者のようであった。
「はっ」そう剣を握り締めた男は頷くと、剣を握り直してレインに近づいていった。
「逃げろ、レイン!」と、レインの父親がその男の胴体をつかむ。
「グシャナ!」そう指揮者らしき男が怒鳴る。
「はっ」そう男の一人、グシャナが答えると同時に短剣を引き抜き、レインの父親の背中に突き立てる。
「ぐあっ?」レインの父親の顔が苦痛に歪む。が、決して手を離そうとはしなかった。
「親父に、何をする!」そうレインが叫び、グシャナに飛び掛かる。
 が、グシャナはそれを軽く往し、レインを壁に投げ飛ばした。そして、レインの父親も振り解かれ、右腕を刎ね飛ばされてしまった。
「ぐっ?」そうレインの父親は呻いた。
「ふっ……。化物も痛みを感じるのか……?」そう指揮者らしき男が、レインの父親を見て呟く。その声には忌まわしい言葉を吐き捨てるかのような、悪意が籠められていた。
「親父?」レインが叫ぶ。
「行け……、レイン! ディゼを連れて……。急げ……!」そうレインの父親が、苦しそうに叫ぶ。
「くっ……。ディゼ!」レインは歯を食い縛ると、左手でディゼの右腕を引っ掴んだ。そして、ディゼを無理やり引っ張ると、右腕を大きく振り回して、レインは家を飛び出していった。
「おとうさん!」ディゼがそう泣き叫ぶ。
「逃がすな!」レイン達の後ろで、指揮者らしき男の叫び声がする。
 が、レインは後ろを振り返らずに、ただひたすら走り続けた。涙で全ての物が滲んで見え、ディゼの右腕の重さも感じられなかった。
 と、レインは立ち止まり、ゆっくりと左手に視線を移した。そして、その左手がつかんでいる、ディゼの右腕へと視線を移す。
 次の瞬間、レインは右手で目を抑えると、その場に崩れ落ちた。そして、レインは凍りついたかのように動かない左手から、ディゼの右腕を力づくで剥ぎ取った。
 その後、レインはゆっくりと左手を目線まで上げた。その左手は微かに震え、血の気が完全に無くなっていた。レインは一度両目を固く瞑ると、極めてゆっくりとディゼの右腕へと視線を移した。そこには、ディゼの右腕だけが力無く落ちていた。
「ディゼ!」レインは喉が潰れんばかりに、そう叫んだ。
 そこで、レインは目を覚ました。雨水なのか涙なのか、そのレインの顔は濡れていた。
 雨はまだ、降り続けていた。それは、まるで空が流した大粒の涙かのように、レインには思えた。