伝えることはゴールではない
この毒霧のなかにも読み取れる隠語を何度か織り交ぜた。
オレがこのブログを書いてることを知ってる人は近い仲にはほぼいないし、知っていても読んでいないからどんな内容を書いても誰かに何かが伝わることは無い。
表のオレの存在場所のSNSに隠語を使った。
もちろん想いを寄せる人も見るページ。
さっきオレのページにアクセスがあった。
その隠語を見たかどうかわからないし、その意味まで汲み取っているなんてことは無いはずだが、なんとなくそわそわしてしまう。
ただその隠語を見たかもしれないって時点でわかりきっていることではあるが意識しなおしたことがある。
何においてもそうだが、相手がある場合は物事を伝えただけではゴールでは無い。
その伝えたことを受け入れてもらって初めてゴールになり、また始まる。
たとえ一緒にいたいと伝えても拒否されれば、一緒にはいられない。
それがたとえ付き合っている仲でも。
お互いの想い、気持ちが同じ方向を向いているとも限らない。
いや、ほとんどの場合が同じ方向を向いていないだろう。
少なくともオレの恋愛ではそうだった。
人が誰かと一緒になって、同じ方向に向かって行くことは容易なようで難しい。
人はそれぞれ自我をもっている。その自我、我儘に置き換えることもできるが、その目的が一致することは奇跡に近い。
オレは今まで片想いの段階で、とても強く重く想った場合は必ずうまくいかなかった。
好きだから一緒にいたいが通ったことが無い。
付き合いたいから近づいたっていうので付き合ったことはあるが、それはすべて簡単に終わっている。
お互いが揺ぎ無く相手を思いやり、一緒にいたいと思えること。
それは奇跡。
オレはその奇跡を手に入れることができるのか?