地球に最も近い月
人類が唯一到達した月
地球の周りを回る、切っては切れない衛星
古今和歌集に『月見ればちぢに物こそ悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど』
意味は「月を見ると、ただもうもの悲しくてならない。秋はわたし一人の所にきたわけではないのだが。」
歌人は大江千里。。「ちぢ」の「ぢ」は、物を数える時の接尾語であり、ここはその連濁形。「千々」は数の多さをあらわす。「千々」に「ひとつ」を、「月」に「わが身」を対象させた漢詩的な作りとなっている。
月を見て「穏やかな心になる」「元気が沸いてくる」「パワーをもらう」「物悲しくなる」
「過去の出来事を思い出す」等々・・・
いろんな思いをし、その思いは千差万別である。
私の場合は「穏やかな気持ちになる」といところだろうか?
月からパワーをもらう?
確かに満月の輝きは特別に思えるし、パワーが降り注いでいるのかもしれない。
何も月だけでは無いのでは?
種子島の夜空は天の川も遠く瞬く星々も今にも降り注ぐようなイルミネーションだ♪
月だけでは無いと思う。たくさんの星々からもパワー?エネルギーをもらっているのでは?
それは今見える時では無くて、私たちの計り知れない時間を経て瞬くエナジーだ!
遠くの星々よりも、最も近い月に、エナジーを頂く気持ちが募るのだろう!
それは何も人間だけでは無い。地球上の生物、ありとあらゆるものに影響を
与えているだろう。
半径1738km・質量は地球の約81分の1。残念ながら大気は存在しない。
自転周期は27.32日。約1ヵ月で地球を一周する公転周期。
自転と公転の周期がぼぼ等しいので、人類は月の半分しか見ていない。
しかしながら宇宙科学の発展により、月の裏側をも見ることが可能になった。
人類はアポロ計画によって足跡を残すことに成功した。
月に到達したのだ。
それが何?必要なの?という人々が居ました。
それは宇宙の不思議を解明する為の初歩的段階であったように思う。
日本では「花鳥風月」「雪月花」などと、自然を代表するもののひとつとされ
賞賛されて絵に歌に詩に残してきた。
また古来より暦の上で欠かせないものとして月は特別扱いだ。
特別な思い・・・誰しも思うこと・・・
不思議な言葉に換えられないエナジーを感じたいだろう。
宇宙科学的な言葉を拝借しますと
月の形が出来上がった頃は熱く、冷えて固まった黒っぽい玄武岩で覆われている
ために光をあまり反射せず、隕石などが衝突したクレーターや隆起した山々が
あって海と呼ばれる黒いところが見える。
その他は小石が集まった角れき岩から構成されていて、何とも味気ない表面で
宇宙線や太陽風がそのまま降り注ぐ為に、将来、月面の有人探査やあるいは
月面基地、月の殖民となれば、それら人間にとって多大な影響を及ぼす宇宙線
から身を守らなくては生きてはいかれない。
となる・・・。
それでも人類は月や他の惑星に到達のチャレンジを行うだろう。
無駄なことだったのか?
それは・・・未来に答えが見つかるのかもしれない。
近年、NASAの月探査機などの調査によってごく僅かな大気があることが発表され
水分や氷の地層があると言われている。人類が住める可能性があるのでは?
人々が思いを募らせる月はただ真影な姿を現しているのみである。
いや・・・深遠な宇宙の極々一部分なのだろう。
「月のパワーを頂く」その言葉は、私たちの凡人の知るところあたわず
月の重力は地球に影響を及ぼし、潮の満ち引きを起こす。
太陽もまた質量は月よりも格段に大きいが遠距離にあるため、地球に及ぼす
潮汐力は月の約半分なのである。
月の存在は地球の地軸の傾きを安定させているといわれる。
人類の進化も月が影響していると言われている。
そんな月と地球の距離は、年間約3.8cmずつ離れつつあるという。
やはり、無くてはならない月である。お友達?恋人?っていう感じかな?(*^▽^*)
月を見て思ったことも数知れず
「あの人は元気で暮らしているだろうか?同じ月を見ただろうか?」
「むしゃくしゃした気持ちも無くなったよ」
「一度でいいから行ってみたいな」
いつの日か宇宙からの使者がやってくるかもしれない
その頃には私は・・・この世に居ないだろうね( ̄▽ ̄)
いや・・・きっと会えるかもしれない!
未だ出会ってないアナタにも