
元市長の母親でありまして、母と家内の生け花の先生でした。
当時、先生も90半ばの年齢とは思えないほど、背筋もピンと伸びて語る口調も優しく、
生け花も丁寧に教えて頂きました。池坊だったかと思います。
休憩の合間にはいろんなお話を教えて頂きました。
我が長男も生まれて半年ぐらいの時に抱いてもらい、とっても嬉しい思い出もつくって頂きましたよ。
また種子島の古来の言葉を話される方で、いろんな面で先生であります。
例えば、人の前をどうしても通らないといけない場合は、
「御免なって申せ(ごめんなってもうせ)」前を失礼致しますという意味を含みます。
またその他に
「おじゃり申せ(おいで下さい)」
「けそ~めっかり申さん(今朝、お目にかかりましたね=おはよう御座いますの意)」
お昼だと、めっかり申さんで、夜は、こんにょ~めっかり申さん(今夜は・・・)
「食べておくじゃり申せ(是非食べてください)」
まだまだ、たくさんありますよ~(o^▽^o)
種子島家は鎌倉北条家の分家。北条から種子島姓を名乗りました。
また武家の格式豊かに、茶道や花道、和歌などに親しみ、鉄砲伝来前より関西方面の文化交流が
盛んで、言葉にも公家の言葉のなごりがみられます。文武ともに奨励する殿様でありました。
先生は公家言葉を綺麗に話される先生でもありました。
今年は初盆ということで、たくさんの提灯のご供養を頂いたようで、数えたら36も下がっていました。
また増えるかもしれませんね。
享年107歳。大往生という言葉が当てはまります。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
先生ありがとうございました。m( __ __ )m