【道歌】
茶花とは日々の草木ながめたる
人ほど上手に入れるものなり 道舜
茶花を他人に教えるのにどうしたら上手にさせてあげられるのかを大分悩んできたのですが、自分が上達した方法を詠んでみたらいいのかな?と思い、一首にしてみました。
やはり、茶花を上手に入れたければ、茶花を自分で育てることが一番です。
それは、日々、茶花がどう枝を伸ばし、どう花を咲かせ枯れていくのかをつぶさに眺め、覚えておくことこそ肝要です。
そして、野にあるままにではなく、野にあるように、季節感を凝縮し、花入に入れることこそ、真髄かと思います。
私は誰に習ったわけでもありませんが、道具の規矩とは違いこればかりは教えるのが難しく、どう教えていいのか悩み続けてきました。
しかし、そうではいけないですよね。
先生なんですから。
草木の特性というのは、野にあるときに――つまり、育てているときこそ最も観察できる訳です。
しかし、野にあるままにではいけません。それでは「手に取るなやはり野に置け蓮華草」になってしまい、切って入れることは一段落ちることになってしまいます。
それでは茶花になりません。
道具(花入)によっても入れ方は異なります。
そして、取り合わせた道具とのバランス(調和)も必要になります。そこが華道とは違うところですね。
茶花習いたい人がいたら、教えてみてもいいかな?と思い始めました。居たら、ですけどねー(笑)