<キプロス>「緊縮」迫るEUに不信感 域外のロシアに傾斜
毎日新聞 6月24日(日)9時59分配信

 欧州を席巻する債務危機の大波が、地中海に浮かぶ小国キプロスを襲った。国際支援に頼らざるを得ないキプロスだが、「カネ」と引き換えに「緊縮」を迫る欧州連合(EU)への不信感は強く、EU域外の大国ロシアとの関係を深める。不景気に救いの手を差し伸べるようにロシア人観光客数は過去最高を記録する勢い。南部の高級リゾート地リマソルは「リトル・モスクワ」と称されるほどの活況だ。

 民族紛争で南北に分断された首都ニコシアから車で南に約1時間。砂浜と青い海に彩られたリマソルの街中にあふれるロシア語の看板に面食らった。地元住民向けの簡素な雑貨店から美容院、レストラン、果てはナイトクラブや不動産屋まで、キプロスの公用語であるギリシャ語とともに、ロシア語が併記されている。

 「常夏の太陽と安全な社会、ロシア語が通じる友好的な環境が魅力ですね」。5年前にモスクワから移り住んだナタリアさん(26)は勤め先のロシア語専門書店でほほ笑んだ。ロシア人の夫も現地企業で働く。休日にはギリシャ正教会へ足を運ぶ。「ロシア正教会と同じ。ロシア人は母国にいるように安心して暮らせる」と話す。

 ロシア語週刊誌の女性編集長、カルダッシュさんによると、人口約80万人で、ロシア語圏出身者は約5万人。10年に23万人だったロシア人観光客は11年に5割増の33万人に達した。ロシア人観光客は滞在中、1人当たり平均900ユーロ(約9万円)を使う。近くのイスラエルからの観光客の平均は300ユーロだけに重要な収入源だ。

 ロシアに対するキプロスの期待は観光分野だけではない。EU加盟27カ国中、最も低い法人税率(10%)のキプロスにとって、金融・不動産分野でのロシアからの投資拡大は経済の再生を図る上でも極めて重要だ。

 「EUよりロシアからの支援を望みます。ロシアなら税制に口出ししないでしょうから」。旅行業を営むクリストドリドゥさんは、EUがアイルランドへの支援と引き換えに法人税引き上げなどを求めた点を指摘。キプロスを舞台に国際的な金融サービスを展開してきたロシアならEUのような条件を突きつけないだろうと読む。

 フリストフィアス大統領率いる与党・労働人民進歩党は共産主義的な左翼政党。大統領は旧ソ連時代にモスクワの大学で学ぶなど、ロシアとの間に太いパイプを持ち、昨年は、ロシアから25億ユーロの融資を取り付けた。

 両国関係は第一次世界大戦まで続いたオスマン・トルコ支配下の時代にまでさかのぼる。イスラム勢力下に置かれたキプロスのギリシャ系キリスト教徒にとって、同じ東方正教会を擁するロシアは重要な保護者だった。04年には国連安保理で、キプロスが反対する米欧主導の南北統一決議案に拒否権を行使。キプロスを強力に後押しした。

 だが、キプロスとロシアの関係にも時として暗い影が差す。ロイター通信などによると、今年1月中旬、弾薬を満載したロシア船がリマソル港で給油後に、反政府勢力への弾圧が続くシリアに入港した疑いが浮上した。

 EUや米国がロシアの融和的な対シリア政策に厳しく異を唱えるなか、EU加盟国のキプロスはロシアと欧米の間で身動きがとれない状況に陥ったとされる。ロシアにとってキプロスの位置づけは、自国に有利なビジネス環境や、ロシアの伝統的な「南下政策」によるトルコとの対立など、現実的な要素が絡んでいる。

 キプロスは「世界の火薬庫」である中東とロシア、欧州を結ぶ要衝に位置する。地中海の哨戒活動などで重要な役割を果たす英軍基地や、ギリシャ軍の基地があり、一方、北キプロスにはトルコ軍が駐留する。支援をめぐり、キプロスは今後、微妙な緊張関係にある欧米とロシアの間で困難なかじ取りを迫られることも予想される。【リマソルで樋口直樹】

最終更新:6月25日(月)0時27分

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暗黒の稲妻