トヨタが捨て身で挑む中国エコカー決戦
東洋経済オンライン 5月28日(月)13時10分配信


トヨタが中国でエコカーを強化
 「トヨタは中国で出遅れている、と言われるたびにたいへん悔しい思いをしている」──

中国でのブランド別出荷台数、GM・VWに水を開けられるトヨタ

 4月23日、北京モーターショーの幕開けに際して、豊田章男・トヨタ自動車社長は大きく声を張り上げた。続けて、中国市場で巻き返すカギは、ハイブリッド車(HV)の技術だとも断言。いずれ、中国で走るトヨタ車の大部分はHVになる、とまで言ってみせた。

 トヨタが中国市場で出遅れているのは事実である。中国では2008年秋のリーマンショック後、エコカー支援策で小型車市場が急拡大。09年には米国を抜いて世界最大市場となった。小型車の売れ筋を欠いたトヨタはこの流れに乗り遅れ、フォルクスワーゲン(VW)、ゼネラル・モーターズ(GM)の2強に、大きく水をあけられた。さらには、後続の現代自動車や日産自動車にも追いつかれ、市場での存在感は大きく後退したのだ。

 この間、長年にわたって収益源だった、ドル箱の米国市場が低迷。10年の大規模リコール問題がダメ押しとなり、トヨタは新興国での事業拡大に舵を切らざるをえなくなった。

 言うまでもなく自動車メーカーにとって、中国での販売拡大は最重要の課題だ。高度成長を続けてきた中国市場には急ブレーキがかかり、11年の販売台数は1850万台と前年比横ばいだった。地場系メーカーの販売台数が落ち込むなど、優勝劣敗の構図がより鮮明になっている。

 日産の中国駐在員が100人程度なのに対し、トヨタでは500人以上にまで増員を行った。モーターショーでも豊田社長は「今までと同じ考え方では、勝ち抜くことはもちろん、生き残ることさえできない」と強調。HVを武器に現状を打破する姿勢を鮮明にした。

 だがトヨタの看板であるHVも、中国での販売台数は微々たるものだ。12年初めから3代目「プリウス」が中国でも発売されたが、年間の販売台数目標は3000台。23万元(約299万円)を超える価格は、現地生産される独BMWの3シリーズを上回る。「このクラスの車を買う顧客はガソリン代など気にしない」(北京のトヨタ車販売店)。

■値段、知名度ともVWの新技術が圧勝

 一方で近年の中国では、小型エンジンでダウンサイジングしたVWの小排気量化技術「TSI」の認知度が高く、HVは陰に隠れている。劣勢をはね返すべく、12年からトヨタはHVのメリットを宣伝する「雲動計画」を、中国全土で展開中だ。

 それに先立って、バッテリーやモーターなどのHVユニット(基幹部品)を、中国で現地生産すると表明。江蘇省の常熟に新設した研究開発センター(TMEC)で開発と生産を行う予定だ。モーターショーでは、中国で生産されたHVユニットを搭載する次世代HV、「ショワンチン」が公開された。TMECで開発するHVユニットは、トヨタが中国で展開するほかのHVにも搭載される。

 HVユニットを現地生産する最大の目的は製造コストの引き下げだ。VWの持つTSIは、ガソリン直噴エンジンとターボチャージャー(過給器)を組み合わせ、より少ない排気量で大きな出力を可能にする技術。VWが中国で売る車種の3分の1に載せている。「TSIを使えば、従来のガソリン車より燃費が2割向上する。ユーザーにとってHVはまだまだ高い」(VWのローラ・シェン中国ディレクター)。

 TSI採用の車と従来車種との価格差は、1万元(約13万円)余り。片や「トヨタ車の場合、HV化に伴う価格アップは8万元(約104万円)超。日本からユニットを輸入している現状では、とても勝負にならない」(中国のトヨタ幹部)。

 中国政府のエコカー支援策でもHVは割を食う。電気自動車(EV)への購入補助金は最大6万元(約78万円)なのに、HVはわずか3000元(約3・9万円)。HVでは日本勢、特にトヨタの競争力が飛び抜けており、中国政府としては、地場系も含め同じスタートラインで勝負できる、EVを優先したいのだ。

 ここまで追い込まれていたHVに、トヨタがにわかに注力する背景には、政策の風向きが変わったとの判断がある。トヨタで中国事業を統括する新美篤志副社長は、「従来の中国はEV偏重だったが、この半年で変わってきた。バッテリーがなかなか安くならず、ガソリンエンジンも備えたHVのよさが見直された」と言及。HVユニットの現地生産化を前提に、「中国では生産拠点があと2カ所必要」と断言した。

 トヨタは12年に100万台と見込む中国での販売台数について、15年には160万~180万台まで拡大させることを目指す。現状では中国で抱える生産能力は年82万台。12年夏までに、長春で新工場が稼働すれば92万台に増えるが、それでも15年の販売目標には遠く及ばない。時期は明示しないものの、中国で販売する車の2割をHVにすることも掲げている。

 ただし問題は過剰生産を懸念する中国政府が、完成車工場の新設を厳しく制限していることだ。富士重工業が大連で進めていた奇瑞自動車との合弁計画も、認可が下りず、13年の生産開始を断念するに至った。

 すでに中国での生産能力が限界に来ているトヨタにとって、早期の新工場建設は至上命題だ。HVユニットを現地生産化するという判断には、製造コストの引き下げと同時に、完成車工場の能力増強に向けて、中国政府の心証をよくしたい計算も働いたものと思われる。

 「中国で新工場を造るには自主ブランドのエコカーを出す必要がある」(中国の自動車事情に詳しい現代文化研究所の呉保寧氏)。その言葉どおり、モーターショー初日にトヨタは、第一汽車(一汽)、広州汽車(広汽)と合弁で、それぞれ自主ブランドを導入すると発表するなど、中国政府へのアピールに懸命だ。

 結果的に効果はあったのかもしれない。その翌日、トヨタの中国統括会社であるトヨタ自動車(中国)投資有限公司(TMCI)の董長征・執行副総経理は、「中国での生産能力をさらに増強することで、一汽や広汽と合意した」ことを明らかにした。認可に向けて政府筋から何らかの好感触を得たのだろう。

 この先を見ると中国の自動車産業では、燃費規制の厳格化への対応が中期的なテーマだ。4月18日に中国政府はエコカー振興計画の概要を公表。中国で生産される乗用車の平均燃費を、15年に100キロメートル当たり6・9リットル、20年には同5・0リットルに引き下げることが決まった。燃費規制は車種ごとでなく企業平均で課され、今後はこれをクリアすることがメーカーには必達目標となる。

 「これから排気量1・6リットル以上の車は、何らかの技術で燃費を改善しなければ、販売できなくなるのではないか。そのために最も有力な選択肢はHV」(TMCIの董副総経理)。重要性を増す高級車戦略上、大きな武器だ。

 HV技術でトヨタは突出した強さを持つが、その強さがHVの普及を阻んでいるという指摘もある。トヨタ社内でも「地場系メーカーに格安でHVユニットを売ることを検討してもいいのではないか」との声が上がっている。中国への貢献を印象づけられるうえに、生産規模の拡大でトヨタにもメリットがあるからだ。

 そうしないと、「強すぎるHV」を牽制するために、何らかの制約を課されるという警戒感もある。すでに中国国内にあるエコカーの電池生産拠点では、外資の出資比率を50%以下に抑える政策が出された。ユニットを含め、中国でのHVの生産体制をどうするか、まだトヨタにも全体像は描けていない。

■“ガラパゴス”脱出へ 自ら電線工場建設

 HVには日本という特殊な市場でしか通用しない“ガラパゴス”商品、との厳しい見方もある。実際に販売台数の推移を追うと、ガラパゴス化したのはそう昔のことでないのがわかる(グラフ)。

 トヨタで国内外のHV販売台数が逆転したのは10年だ。国内を大きく上回っていた北米の販売台数が、リーマンショックや大規模リコールで減速。一方で国内販売は09年からのエコカー補助金で急増した。

 中国に加え、トヨタは米国でも一段の普及に向けてHVユニットの現地生産を準備している。カギになるのはやはり低価格化だ。

 今、トヨタは14年発売の4代目プリウスに載せるHVシステムについて、グローバルな普及の切り札にするべく、最終の追い込みをかけている。その目標は、3代目プリウスに搭載されたHVユニットから、コストを半分以下にすることである。

 小型HVの「アクア」では、モーターの巻き線工程で画期的な革新があり、HVユニットの小型化と低価格化が進んだ。しかしこの技術はプリウス以上の中型車には使えない。モーターの原価の半分ほどは電線だが、そのコストが思うように下がらないのが一つのネックだった。

 業を煮やしたトヨタは豊田市内に自ら電線工場を建設。社内でもほとんど知られていない極秘の施設だ。「現時点でも巻き線の性能と価格は目標値に達していない。技術的なブレークスルーを見いだすには自社でやるしかない」(トヨタ幹部)。中国で現地生産するユニットは3代目プリウスのものを原型にするもようだ。

 5月9日に発表されるトヨタの12年3月期決算では、4期連続で単体が営業赤字になるのが確実。年間7600億円に上る研究開発費のほとんどを、赤字の国内事業が支える構造は限界に近づく。世界各地の研究開発拠点に仕事を移す流れは止まるまい。

 初代プリウスのチーフエンジニアを務めた技術担当の内山田竹志副社長も、中国でHVを開発・生産することには何の迷いもないとし、こう言い切る。「技術漏洩を心配するのは、前進する自信がない人。日本はもっと先に進む」(内山田副社長)。系列サプライヤー(部品会社)も中国に成長機会を求める中、トヨタのモノづくりは大きく変わる。切り札であるHVを携え、いよいよ中国戦略に本気になったトヨタ。もう後戻りは許されない。

(週刊東洋経済2012年5月12日号)
記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。

最終更新:5月28日(月)13時10分

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暗黒の稲妻