キリン“三宅王国”完成、求められる経営の成果
東洋経済オンライン 5月7日(月)13時22分配信

アサヒとの差が広がるキリンの株価
散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ──。
明智光秀の娘にして禁断のキリシタンだった細川ガラシャが、関ヶ原の戦いで自決する際に詠んだ辞世の句。「散り時を心得てこそ、花は花の、人は人の価値がある」という意味だ。歴史好きで知られるキリンビールの松沢幸一前社長(63)は、自身の退任の気持ちを細川ガラシャの句と静かに重ねた。
新人事で強固になる「三宅体制」
新体制のキリングループが4月に船出した。キリンホールディングス(HD)の三宅占二社長(64)の下、主要事業会社のキリンビール社長にはHD常務だった磯崎功典氏(58)、キリンビバレッジ社長にはビバレッジ副社長から昇格した首藤由憲氏(59)が就任した。
1月下旬の緊急会見で発表されたこの新体制は、業界内で大きな驚きをもって受け止められた。というのも、HDの三宅社長が留任する一方、ビールの松沢前社長とビバレッジの前田仁前社長(62)が退任となったからだ。2大事業会社トップの二人は1973年同期入社、ともに社長在任3年で、ポスト三宅の最有力候補とされていた。
加藤壹康前HD会長、三宅HD社長とも、ビール社長を務めた後はHD社長に就いており、当然、松沢氏も同じルートをたどると思われていた。前田氏は「商品開発のカリスマ」として業界内で名声がとどろいていた。『一番搾り』『淡麗』『氷結』など今のキリンビールを支える主力商品の生みの親。2009年、大幅に業績の悪化したビバレッジを立て直すためにビバレッジ社長に就くと、『午後の紅茶エスプレッソティー』のヒット商品を生み出した。ビバレッジの業績改善もメドをつけ、HD社長レースで松沢氏の最大のライバルは前田氏と目されていた。
今回の人事を決めた三宅HD社長は、「両氏(松沢氏、前田氏)に不満はない。ただ、今期は15年最終の長期目標に向けた13年からの中期経営計画を策定する。策定した人が最後まで実行できるよう、トップの若返りが必要だった」と説明する。ただ、HDの加藤前会長も相談役に退いており、「有力者を排除した三宅さんが権力基盤を固めた」と見る関係者は多い。
■業績不振、海外の誤算 株価低迷で強まる批判
国内飲料トップの地位にあるキリンの足元は揺らいでいる。
11年12月期はビール4社(他はアサヒグループHD、サントリーHD、サッポロHD)の中で唯一の減収減益。震災の被害が4社の中で最も重く、関連特損が約200億円計上された不運もあった。が、純益が前年比35%減の74億円と悪化した最大の要因は、HDが主導する海外事業の不振だ。
中でも、前期業績の足を引っ張ったのは、加藤前会長時代に買収を進めたオーストラリア。乳業事業を中心に営業減益となり、10年12月期から2期連続でのれんなどの減損も余儀なくされた。原材料高や豪市場でのPB(自主企画)品の普及などの逆風もあり、「急回復は難しい」(三宅社長)。今後も低迷が続きそうだ。
海外事業では、三宅社長が力を入れるブラジルという新たな懸念も浮上している。昨年8月にブラジルのビール2位・スキンカリオール(以下、ス社)の株式50・45%を1988億円で取得。成長著しい新興国市場に橋頭堡を築くこの買収を高く評価されると、会社側は期待していた。が、買収直後に、残りの株式49・54%を保有する少数株主から、株式取得の差し止めを求める訴訟を現地で起こされるなど誤算続き。結局、昨年11月に残りの株式を1050億円で買い取る羽目になった。
ス社の完全子会社化は将来のシナリオにあったことだが、日本のビール会社としては過去最高額となる巨額買収で財務内容は悪化。キリンHDの長期債を1段階引き下げたムーディーズの澤村美奈主任格付アナリストは、「経験が少ないブラジルでの事業展開は、リスクを増加させる。買収資金は主に負債で調達されたため信用力が弱まった」と指摘する。
買収発表から完全子会社化までの約3カ月で株価は16%下落。1700億円超の時価総額が失われた。相場全体の戻りを受け、多少株価は回復基調にあるが、株価は買収発表前の水準を割り込んだままだ。
サントリーとの統合交渉が破談になった直後、加藤前HD会長からHD社長の地位を譲られた三宅氏は、営業畑でトップ級の成績を挙げることで出世してきた。ただ、02年にキリンビール役員になって以降、大きな功績を残せずにいる。HDに移行した07年、ビール社長に就任し、自ら営業部門の最高責任者を兼務して会社創立100周年を記念する大型商品「キリン・ザ・ゴールド」を立ち上げたが、パッとしないまま09年には販売は終了した。
業績不振、買収の不手際、株価の低迷もあり、「本来なら三宅さんが責任をとるべきところを、事業会社の二人に責任をとらせた」「若い新米社長を二人従えて、事実上の三宅王国だ」などの批判が社内外で噴き出している。
松沢氏は、「できることはやり切った。歴史とは後世の人たちが決めるものであり、私への評価も後世の人たちが決めればよい」とだけ話し、前田氏はコメントを控えている。
■長期目標への道筋つけ批判を封じられるか
2月に発表した12年12月期予想は増収増益を見込んではいる。ただし、震災影響がなくなることに加え、大金を投じた買収案件が乗るため、増収増益は当たり前。むしろ、中期経営計画に掲げる12年の数値に多くが届かない(表)ことで、失望感が先行している。
キリンは売上高3兆円、営業利益率10%以上という15年を最終年とする長期目標を掲げている。その達成にはオーストラリアとブラジルを中心にした海外事業の収益改善のほか、大黒柱の国内ビール事業の一層のテコ入れが必須だ。
「私も任期はあと1年しかないかもしれない」(三宅HD社長)。「“散り時”を間違えた」と言われないためにも、長期目標への道筋をつけることが求められている。
(張 子溪 =週刊東洋経済2012年4月14日号)
記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
最終更新:5月7日(月)13時22分
キリンは一体何処へ向かっていくのだろうかね。
暗黒の稲妻
東洋経済オンライン 5月7日(月)13時22分配信

アサヒとの差が広がるキリンの株価
散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ──。
明智光秀の娘にして禁断のキリシタンだった細川ガラシャが、関ヶ原の戦いで自決する際に詠んだ辞世の句。「散り時を心得てこそ、花は花の、人は人の価値がある」という意味だ。歴史好きで知られるキリンビールの松沢幸一前社長(63)は、自身の退任の気持ちを細川ガラシャの句と静かに重ねた。
新人事で強固になる「三宅体制」
新体制のキリングループが4月に船出した。キリンホールディングス(HD)の三宅占二社長(64)の下、主要事業会社のキリンビール社長にはHD常務だった磯崎功典氏(58)、キリンビバレッジ社長にはビバレッジ副社長から昇格した首藤由憲氏(59)が就任した。
1月下旬の緊急会見で発表されたこの新体制は、業界内で大きな驚きをもって受け止められた。というのも、HDの三宅社長が留任する一方、ビールの松沢前社長とビバレッジの前田仁前社長(62)が退任となったからだ。2大事業会社トップの二人は1973年同期入社、ともに社長在任3年で、ポスト三宅の最有力候補とされていた。
加藤壹康前HD会長、三宅HD社長とも、ビール社長を務めた後はHD社長に就いており、当然、松沢氏も同じルートをたどると思われていた。前田氏は「商品開発のカリスマ」として業界内で名声がとどろいていた。『一番搾り』『淡麗』『氷結』など今のキリンビールを支える主力商品の生みの親。2009年、大幅に業績の悪化したビバレッジを立て直すためにビバレッジ社長に就くと、『午後の紅茶エスプレッソティー』のヒット商品を生み出した。ビバレッジの業績改善もメドをつけ、HD社長レースで松沢氏の最大のライバルは前田氏と目されていた。
今回の人事を決めた三宅HD社長は、「両氏(松沢氏、前田氏)に不満はない。ただ、今期は15年最終の長期目標に向けた13年からの中期経営計画を策定する。策定した人が最後まで実行できるよう、トップの若返りが必要だった」と説明する。ただ、HDの加藤前会長も相談役に退いており、「有力者を排除した三宅さんが権力基盤を固めた」と見る関係者は多い。
■業績不振、海外の誤算 株価低迷で強まる批判
国内飲料トップの地位にあるキリンの足元は揺らいでいる。
11年12月期はビール4社(他はアサヒグループHD、サントリーHD、サッポロHD)の中で唯一の減収減益。震災の被害が4社の中で最も重く、関連特損が約200億円計上された不運もあった。が、純益が前年比35%減の74億円と悪化した最大の要因は、HDが主導する海外事業の不振だ。
中でも、前期業績の足を引っ張ったのは、加藤前会長時代に買収を進めたオーストラリア。乳業事業を中心に営業減益となり、10年12月期から2期連続でのれんなどの減損も余儀なくされた。原材料高や豪市場でのPB(自主企画)品の普及などの逆風もあり、「急回復は難しい」(三宅社長)。今後も低迷が続きそうだ。
海外事業では、三宅社長が力を入れるブラジルという新たな懸念も浮上している。昨年8月にブラジルのビール2位・スキンカリオール(以下、ス社)の株式50・45%を1988億円で取得。成長著しい新興国市場に橋頭堡を築くこの買収を高く評価されると、会社側は期待していた。が、買収直後に、残りの株式49・54%を保有する少数株主から、株式取得の差し止めを求める訴訟を現地で起こされるなど誤算続き。結局、昨年11月に残りの株式を1050億円で買い取る羽目になった。
ス社の完全子会社化は将来のシナリオにあったことだが、日本のビール会社としては過去最高額となる巨額買収で財務内容は悪化。キリンHDの長期債を1段階引き下げたムーディーズの澤村美奈主任格付アナリストは、「経験が少ないブラジルでの事業展開は、リスクを増加させる。買収資金は主に負債で調達されたため信用力が弱まった」と指摘する。
買収発表から完全子会社化までの約3カ月で株価は16%下落。1700億円超の時価総額が失われた。相場全体の戻りを受け、多少株価は回復基調にあるが、株価は買収発表前の水準を割り込んだままだ。
サントリーとの統合交渉が破談になった直後、加藤前HD会長からHD社長の地位を譲られた三宅氏は、営業畑でトップ級の成績を挙げることで出世してきた。ただ、02年にキリンビール役員になって以降、大きな功績を残せずにいる。HDに移行した07年、ビール社長に就任し、自ら営業部門の最高責任者を兼務して会社創立100周年を記念する大型商品「キリン・ザ・ゴールド」を立ち上げたが、パッとしないまま09年には販売は終了した。
業績不振、買収の不手際、株価の低迷もあり、「本来なら三宅さんが責任をとるべきところを、事業会社の二人に責任をとらせた」「若い新米社長を二人従えて、事実上の三宅王国だ」などの批判が社内外で噴き出している。
松沢氏は、「できることはやり切った。歴史とは後世の人たちが決めるものであり、私への評価も後世の人たちが決めればよい」とだけ話し、前田氏はコメントを控えている。
■長期目標への道筋つけ批判を封じられるか
2月に発表した12年12月期予想は増収増益を見込んではいる。ただし、震災影響がなくなることに加え、大金を投じた買収案件が乗るため、増収増益は当たり前。むしろ、中期経営計画に掲げる12年の数値に多くが届かない(表)ことで、失望感が先行している。
キリンは売上高3兆円、営業利益率10%以上という15年を最終年とする長期目標を掲げている。その達成にはオーストラリアとブラジルを中心にした海外事業の収益改善のほか、大黒柱の国内ビール事業の一層のテコ入れが必須だ。
「私も任期はあと1年しかないかもしれない」(三宅HD社長)。「“散り時”を間違えた」と言われないためにも、長期目標への道筋をつけることが求められている。
(張 子溪 =週刊東洋経済2012年4月14日号)
記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
最終更新:5月7日(月)13時22分
キリンは一体何処へ向かっていくのだろうかね。
暗黒の稲妻