雇用延長時こそ、厳選採用で「60歳就活」へ環境整備を
東洋経済オンライン 3月12日(月)11時36分配信
ある人事コンサルタントが高齢者雇用に関する講演会を行うたびに必ず聞かれることがある。
「60歳で継続雇用を希望する社員に対し、どうすればあきらめさせられ、軋轢なく円満退社してもらえるか」
厚生年金の受給開始年齢引き上げに伴い、2004年の高年齢者雇用安定法(高齢法)の改正で企業は、(1)定年の引き上げ、(2)継続雇用制度の導入、(3)定年の定めの廃止、のいずれかの措置を義務づけられた。厚生労働省の調べでは、11年6月時点でこれらを措置済みとした企業は95.7%、大企業では99.0%に及ぶ。内訳は301人以上の企業で継続雇用制度の導入が93.6%と大宗を占める。
ただ、この継続雇用では、企業が労使合意によって労働意欲や出勤状況などの基準を設け、継続雇用の可否を「選別」できるとしている。
■継続雇用者は9割にも
厚労省によれば、過去1年間に定年を迎えた人43万4831人のうち、継続雇用された人は73.6%、継続雇用を希望しなかった人は24.6%、そして、定められた基準を満たさず離職した人は1.8%(7623人)だった。つまり、働きたいのにそれが許されなかった「はじかれた社員」は2%にも満たない。
昨年12月28日、厚労省の諮問機関である労働政策審議会は、これらの選別できる基準制度を廃止し、「希望者全員に」65歳までの雇用確保を義務づけるべきとの報告書をまとめた。厚労省は今国会に高齢法改正案を提出、13年4月からの施行を目指す。ただ、この改正の狙いは、2%未満の「はじかれた社員」の救済だけではない。
厚生年金は加入期間に応じて支給される「定額部分」と、現役時代の報酬に比例して支給される「報酬比例部分」に分かれている。男性の場合、定額部分は01年から13年にかけて、報酬比例部分は13年から25年にかけて段階的に支給開始年齢を引き上げていく。
よって、13年4月から厚生年金の定額部分の支給が65歳からとなるのに加え、報酬比例部分の支給開始年齢の引き上げも始まるので、13年からは一時的に「無収入・無年金」の人が出てくる。13年に60歳を迎える人は1年間無年金に耐えればいい。しかしその後、支給年齢が段階的に引き上げられ、1961年生まれ以降の男性は5年間無収入になる。よって、13年以降は前出のような、これまで4分の1いた雇用延長を希望しない「ハッピー60歳定年」の割合はぐっと下がる可能性がある。
一方、冒頭のコンサルタントは、「4分の1とされる60歳円満退職者のうち、実は“意に沿わず”退職を迫られた人が少なからずいるのではないか」とも指摘する。
よって、「希望者全員雇用継続義務化」になれば、9割以上が継続雇用を希望するという試算もある。これにより、企業の人件費負担は膨らむ。関西経済連合会では、「義務化」となった場合、改正から4年後の17年には企業負担の増額は約3.6兆円に上ると試算する。
日本経団連も義務化に反対の姿勢を鮮明にし、「これ以上、高齢者雇用を増やせば、そのシワ寄せが新卒採用など若年層に行く」と牽制する。
これでは、厚生年金の受給開始年齢引き上げという政治的・社会的課題解決を企業だけに負わせるものといわざるをえない。これに対し、厚労省は13年以降も経過措置として報酬部分が受け取れる年齢の社員に対しては、選別を認めるとしている。
しかし、今国会では見送られたが、今後、支給開始年齢はさらに68歳程度まで引き上げられる可能性が高い。「継続雇用の年限も同様に引き上げられる」(みずほ総合研究所・堀江奈保子上席主任研究員)であろう。
経済的負担だけではない。現状、高齢者社員は少なからず「お客さん」となっている。日本生産性本部の調査では再雇用のデメリットとして「元上司・先輩などで使いづらい」(41.2%)、「本人のモチベーションの維持が難しい」(39.9%)、「再雇用者の仕事を作り出すことが難しい」(39.2%)などが挙げられている。これでは企業における生産性や活性化にマイナスである。
健康であれば65歳まで働きたいと考えるのは至極当然だ。しかし、依然新卒者は「厳選採用」で就職率は低く、若年層の非正規比率は3割に上る。一方、高齢者が希望者全員継続雇用では、あまりにも不公平で若者の政治不信が募るばかりだ。
55歳から就活準備を
そこで提案したいのが「第2の就活」すなわち60歳からの就活だ。
「第2の就活」は多様である。もちろん、その一つの選択肢には継続雇用がある。が、「全員採用」ではなく、希望者の実績や能力評価を基に「厳選採用」すべきだ。そして、現状ほぼ一律となっている高齢者の給与にも能力・成果給を導入する。
二つ目の道は転職・起業だ。大企業で培った技術を求める中小企業は少なくない。高齢者専門の人材派遣会社「マイスター60」は「60歳入社、70歳選択定年」という新たな雇用市場を作りつつある。高齢者の雇用市場活性化へ向け政府の果たす役割は大きい。
一方、生きがい重視の就活もある。経済的にゆとりがあれば、NPO法人で地域社会貢献など、経験や潜在力を生かした働き方が考えられる。
もちろん、健康問題などで就業が難しい場合には国による支援が不可欠だ。年金の繰り上げ支給などの制度もまだまだ改善の余地がある。
民間出身で公立中学の校長になった藤原和博氏(大阪府知事特別顧問)は、「これからの人生、坂の上には雲はなく、定年以降の『坂の上の坂』へ向けて、55歳までに自ら身の処し方を準備しておかなくてはならない」と近著で述べている。たまたま高度成長期に入社した会社で70歳近くまでお世話になることに違和感を抱いてほしい。
「60歳からの就活」はそれまでの社会人としての実績を評価されるものだ。60歳といえば就職を控えた子を持つ人も多かろう。自分たちは全員採用で、採用へ向け今まさに悪戦苦闘している就活生である子が「厳選採用」ではあまりにも理不尽だ。
顧みれば、「これまでの厚い雇用保障や年功賃金など日本型雇用システムの変革が求められる」(堀江氏)時期に差しかかってきた。これに対し、高齢者の希望者全員雇用延長はその根本的な課題の先送りにすぎない。高齢化社会を迎え、われわれはもう一度坂を上り始めなければならない。そのためにも「60歳からの就活」市場の創設・拡充を求めたい。
(シニアライター:野津 滋 =週刊東洋経済2012年3月3日号)
記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
最終更新:3月12日(月)11時36分
記事のみ紹介。
暗黒の稲妻
東洋経済オンライン 3月12日(月)11時36分配信
ある人事コンサルタントが高齢者雇用に関する講演会を行うたびに必ず聞かれることがある。
「60歳で継続雇用を希望する社員に対し、どうすればあきらめさせられ、軋轢なく円満退社してもらえるか」
厚生年金の受給開始年齢引き上げに伴い、2004年の高年齢者雇用安定法(高齢法)の改正で企業は、(1)定年の引き上げ、(2)継続雇用制度の導入、(3)定年の定めの廃止、のいずれかの措置を義務づけられた。厚生労働省の調べでは、11年6月時点でこれらを措置済みとした企業は95.7%、大企業では99.0%に及ぶ。内訳は301人以上の企業で継続雇用制度の導入が93.6%と大宗を占める。
ただ、この継続雇用では、企業が労使合意によって労働意欲や出勤状況などの基準を設け、継続雇用の可否を「選別」できるとしている。
■継続雇用者は9割にも
厚労省によれば、過去1年間に定年を迎えた人43万4831人のうち、継続雇用された人は73.6%、継続雇用を希望しなかった人は24.6%、そして、定められた基準を満たさず離職した人は1.8%(7623人)だった。つまり、働きたいのにそれが許されなかった「はじかれた社員」は2%にも満たない。
昨年12月28日、厚労省の諮問機関である労働政策審議会は、これらの選別できる基準制度を廃止し、「希望者全員に」65歳までの雇用確保を義務づけるべきとの報告書をまとめた。厚労省は今国会に高齢法改正案を提出、13年4月からの施行を目指す。ただ、この改正の狙いは、2%未満の「はじかれた社員」の救済だけではない。
厚生年金は加入期間に応じて支給される「定額部分」と、現役時代の報酬に比例して支給される「報酬比例部分」に分かれている。男性の場合、定額部分は01年から13年にかけて、報酬比例部分は13年から25年にかけて段階的に支給開始年齢を引き上げていく。
よって、13年4月から厚生年金の定額部分の支給が65歳からとなるのに加え、報酬比例部分の支給開始年齢の引き上げも始まるので、13年からは一時的に「無収入・無年金」の人が出てくる。13年に60歳を迎える人は1年間無年金に耐えればいい。しかしその後、支給年齢が段階的に引き上げられ、1961年生まれ以降の男性は5年間無収入になる。よって、13年以降は前出のような、これまで4分の1いた雇用延長を希望しない「ハッピー60歳定年」の割合はぐっと下がる可能性がある。
一方、冒頭のコンサルタントは、「4分の1とされる60歳円満退職者のうち、実は“意に沿わず”退職を迫られた人が少なからずいるのではないか」とも指摘する。
よって、「希望者全員雇用継続義務化」になれば、9割以上が継続雇用を希望するという試算もある。これにより、企業の人件費負担は膨らむ。関西経済連合会では、「義務化」となった場合、改正から4年後の17年には企業負担の増額は約3.6兆円に上ると試算する。
日本経団連も義務化に反対の姿勢を鮮明にし、「これ以上、高齢者雇用を増やせば、そのシワ寄せが新卒採用など若年層に行く」と牽制する。
これでは、厚生年金の受給開始年齢引き上げという政治的・社会的課題解決を企業だけに負わせるものといわざるをえない。これに対し、厚労省は13年以降も経過措置として報酬部分が受け取れる年齢の社員に対しては、選別を認めるとしている。
しかし、今国会では見送られたが、今後、支給開始年齢はさらに68歳程度まで引き上げられる可能性が高い。「継続雇用の年限も同様に引き上げられる」(みずほ総合研究所・堀江奈保子上席主任研究員)であろう。
経済的負担だけではない。現状、高齢者社員は少なからず「お客さん」となっている。日本生産性本部の調査では再雇用のデメリットとして「元上司・先輩などで使いづらい」(41.2%)、「本人のモチベーションの維持が難しい」(39.9%)、「再雇用者の仕事を作り出すことが難しい」(39.2%)などが挙げられている。これでは企業における生産性や活性化にマイナスである。
健康であれば65歳まで働きたいと考えるのは至極当然だ。しかし、依然新卒者は「厳選採用」で就職率は低く、若年層の非正規比率は3割に上る。一方、高齢者が希望者全員継続雇用では、あまりにも不公平で若者の政治不信が募るばかりだ。
55歳から就活準備を
そこで提案したいのが「第2の就活」すなわち60歳からの就活だ。
「第2の就活」は多様である。もちろん、その一つの選択肢には継続雇用がある。が、「全員採用」ではなく、希望者の実績や能力評価を基に「厳選採用」すべきだ。そして、現状ほぼ一律となっている高齢者の給与にも能力・成果給を導入する。
二つ目の道は転職・起業だ。大企業で培った技術を求める中小企業は少なくない。高齢者専門の人材派遣会社「マイスター60」は「60歳入社、70歳選択定年」という新たな雇用市場を作りつつある。高齢者の雇用市場活性化へ向け政府の果たす役割は大きい。
一方、生きがい重視の就活もある。経済的にゆとりがあれば、NPO法人で地域社会貢献など、経験や潜在力を生かした働き方が考えられる。
もちろん、健康問題などで就業が難しい場合には国による支援が不可欠だ。年金の繰り上げ支給などの制度もまだまだ改善の余地がある。
民間出身で公立中学の校長になった藤原和博氏(大阪府知事特別顧問)は、「これからの人生、坂の上には雲はなく、定年以降の『坂の上の坂』へ向けて、55歳までに自ら身の処し方を準備しておかなくてはならない」と近著で述べている。たまたま高度成長期に入社した会社で70歳近くまでお世話になることに違和感を抱いてほしい。
「60歳からの就活」はそれまでの社会人としての実績を評価されるものだ。60歳といえば就職を控えた子を持つ人も多かろう。自分たちは全員採用で、採用へ向け今まさに悪戦苦闘している就活生である子が「厳選採用」ではあまりにも理不尽だ。
顧みれば、「これまでの厚い雇用保障や年功賃金など日本型雇用システムの変革が求められる」(堀江氏)時期に差しかかってきた。これに対し、高齢者の希望者全員雇用延長はその根本的な課題の先送りにすぎない。高齢化社会を迎え、われわれはもう一度坂を上り始めなければならない。そのためにも「60歳からの就活」市場の創設・拡充を求めたい。
(シニアライター:野津 滋 =週刊東洋経済2012年3月3日号)
記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
最終更新:3月12日(月)11時36分
記事のみ紹介。
暗黒の稲妻