「山元町同士」が結ぶ縁、横浜市が宮城の町を継続支援
産経新聞 1月20日(金)10時53分配信
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横浜市が長期支援を決めた宮城県山元町の斎藤俊夫町長(左)が林文子市長に特産のイチゴを手渡した=19日、横浜市役所(写真:産経新聞)
横浜市の商店街が行った東日本大震災の復興支援活動が、市を動かした。東日本大震災で被災した宮城県山元町に対し、市は職員派遣など継続的な支援を決めた。同じ名前を持つ横浜市中区山元町の商店街が、同町を震災直後から支援してきたことが縁となった。
同町の斎藤俊夫町長が19日、横浜市役所を訪れ、林文子市長に対し「行政改革で町の職員を減らした中で被災し、マンパワーの絶対数が不足している。技術職員がとりわけ足りないので、ご支援を大変ありがたく思う」と話した。
山元町は平成30年度までの復興計画基本構想を策定しており、横浜市は期間を通じてニーズに合わせた職員の派遣など支援を継続的に行う。支援の第1弾として、今月30日には環境創造局や水道局の職員3人を派遣。3人は25年3月末まで、同町で上下水道の復旧活動に当たる。また、市役所内に山元町復興支援チームを設置し、現地の職員と連携する。
そもそものきっかけとなったのは、横浜市中区の同名の町、山元町にある商店街「山元町2丁目商栄会」のメンバーが行ってきた2回の生活物資搬送や、義援金送金などの復興支援活動だ。厚浦信夫会長(64)は「われわれの活動から大きく広がり、驚いているがうれしい」と話す。
商店街に対し、市内のIT企業から「被災地に同じ名前の町がある。支援活動を一緒に行わないか」との打診があり、昨年3月末に会議を開いて支援を決めたという。物資を募り、同4月にはトラックやワンボックスカーをレンタルして山元町に第1回目の物資支援を行った。
現地を訪れた商店街の総務担当、鬼島勝治さん(49)は、津波被害で荒れ果てた町の様子を「言葉にできない。新聞、テレビで被災地の状況を目にはしていたが、これほどとはと思った。陸地に船が乗り上げ、道路には大きく亀裂が走っていた」と振り返る。
6月にも2回目の物資を町役場に届けた。まだ被災の爪痕は残っていたが、イチゴのビニールハウスが点々と建っていたり、畑が耕されていたりしたという。鬼島さんはその風景を見て、「支援を継続していかなければ」と強く思ったという。同会では今も、募金箱を店頭に置いており、今後も新たな支援の形を考えていく方針だ。
19日に横浜市を訪れた斎藤町長はこれまでの支援に「同じ町名の商店街の温かい支援は大変うれしかった」とお礼を述べた。
最終更新:1月20日(金)12時6分
ちょっとしたきっかけでもこういう横のつながりは必要だよね。
暗黒の稲妻
産経新聞 1月20日(金)10時53分配信
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横浜市が長期支援を決めた宮城県山元町の斎藤俊夫町長(左)が林文子市長に特産のイチゴを手渡した=19日、横浜市役所(写真:産経新聞)
横浜市の商店街が行った東日本大震災の復興支援活動が、市を動かした。東日本大震災で被災した宮城県山元町に対し、市は職員派遣など継続的な支援を決めた。同じ名前を持つ横浜市中区山元町の商店街が、同町を震災直後から支援してきたことが縁となった。
同町の斎藤俊夫町長が19日、横浜市役所を訪れ、林文子市長に対し「行政改革で町の職員を減らした中で被災し、マンパワーの絶対数が不足している。技術職員がとりわけ足りないので、ご支援を大変ありがたく思う」と話した。
山元町は平成30年度までの復興計画基本構想を策定しており、横浜市は期間を通じてニーズに合わせた職員の派遣など支援を継続的に行う。支援の第1弾として、今月30日には環境創造局や水道局の職員3人を派遣。3人は25年3月末まで、同町で上下水道の復旧活動に当たる。また、市役所内に山元町復興支援チームを設置し、現地の職員と連携する。
そもそものきっかけとなったのは、横浜市中区の同名の町、山元町にある商店街「山元町2丁目商栄会」のメンバーが行ってきた2回の生活物資搬送や、義援金送金などの復興支援活動だ。厚浦信夫会長(64)は「われわれの活動から大きく広がり、驚いているがうれしい」と話す。
商店街に対し、市内のIT企業から「被災地に同じ名前の町がある。支援活動を一緒に行わないか」との打診があり、昨年3月末に会議を開いて支援を決めたという。物資を募り、同4月にはトラックやワンボックスカーをレンタルして山元町に第1回目の物資支援を行った。
現地を訪れた商店街の総務担当、鬼島勝治さん(49)は、津波被害で荒れ果てた町の様子を「言葉にできない。新聞、テレビで被災地の状況を目にはしていたが、これほどとはと思った。陸地に船が乗り上げ、道路には大きく亀裂が走っていた」と振り返る。
6月にも2回目の物資を町役場に届けた。まだ被災の爪痕は残っていたが、イチゴのビニールハウスが点々と建っていたり、畑が耕されていたりしたという。鬼島さんはその風景を見て、「支援を継続していかなければ」と強く思ったという。同会では今も、募金箱を店頭に置いており、今後も新たな支援の形を考えていく方針だ。
19日に横浜市を訪れた斎藤町長はこれまでの支援に「同じ町名の商店街の温かい支援は大変うれしかった」とお礼を述べた。
最終更新:1月20日(金)12時6分
ちょっとしたきっかけでもこういう横のつながりは必要だよね。
暗黒の稲妻