<WTO>全会一致の手法限界 「ドーハ」包括合意断念
毎日新聞 12月17日(土)23時14分配信

 【ジュネーブ伊藤智永】01年に始まった世界貿易機関(WTO)の多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)は、10年で「活動休止」宣言に追い込まれることになった。「自由貿易」推進の大義名分があるため「つぶすにつぶせない」で存在し続けざるを得ないが、保護主義の抑止さえ、政治アピールの域を出ない。全会一致による合意形成で貿易自由化を進める手法は限界を露呈。機能回復する日が来るのかも見通せない。

 今年は「全交渉分野での一括合意」というラウンド交渉の目標を捨て、部分合意を目指したが、夏前にはそれもついえた。

 「自国は自由化せず、他国の譲歩だけを引き出す。輸入を増やさず輸出だけ伸ばす。他国の犠牲で自国の景気を回復する近隣窮乏化策に陥っている」。WTO高官は嘆く。

 ラミー事務局長は「政治交渉のエネルギーこそWTOのパワーの源泉」との持論を封印し、最近は「各国貿易のデータベース化や紛争処理など通常業務拡充の意義」を強調。地盤沈下は否めない。

 中東カタールの首都ドーハでラウンドの交渉開始に合意したのは、「9・11テロ」の2カ月後。世界がイスラム教をめぐり反米と親米に分裂しかかっていた時だ。世界貿易を通じた途上国の開発支援という理念が原動力だった。

 因縁を感じさせるのは、同じ年、中国がWTOに加盟したことだ。10年間で輸出入とも6倍近く急増。世界第2位の経済大国にのし上がり、自由貿易の正当性を実証。だが、インド、ブラジルなどを含めた新興国の台頭は、米国など先進国を刺激し、交渉を難しくした。

 06年の交渉一時中断をはさみ、08年7月には合意寸前に。だが、新興国に関税引き下げなど応分の責任を迫る米国と、米国にさらなる譲歩を求めるインドの対立で決裂。ラミー事務局長は「交渉は80%仕上がっているのに、一国(米国)の反対で合意できない」とうめいた。

 決裂から2カ月後のリーマン・ショック以降、各国の経済は失速し、保護主義が台頭。米国の矛先も「独り勝ち」する中国へ向かい、対立の図式は米印から米中に移った。米国が中国抜きの環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に重心を移すのは、ドーハ・ラウンドへの冷ややかさと表裏を成している。

 国連をひな型にした多国間での交渉の機能不全も指摘される。「気候変動交渉は、結論先送りしても、全員が同じ方向を向いている。だが、貿易自由化交渉は目指している方向が違う」(交渉筋)。今後、2国間または特定地域での貿易自由化が加速するのは必至。最貧国が経済発展から取り残されかねず、多角的貿易体制の再構築の必要性を指摘する声もあるが、先行きは不透明だ。

 ◇日本、多国間から転換へ

 世界貿易機関(WTO)定例閣僚会議が17日、多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)について、「近い将来」の包括合意を断念することを決めたことで、多国間交渉を外交主軸の一つとしてきた日本は方針転換を求められるのは必至。妥結が見えない多国間よりも、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)や2国間の経済連携協定(EPA)の交渉に大きく重点を傾けることになりそうだ。

 「多国間交渉が必要な国を10挙げろと言われたら必ず日本が入る」。経済産業省幹部はこう指摘する。

 資源が少なく島国の日本は経済発展のためには世界貿易体制の発展が不可欠だ。多くの企業が海外に生産拠点を持ち、サプライチェーン(部品供給網)が多くの国境をまたいで形成され、「2国間や限られた地域間よりも多国間で一気に妥結した方が効果は強い」(経産省幹部)。ドーハ・ラウンドの障害となった関税引き下げを巡る米中対立にも「最後まで歩み寄りの働きかけを尽力し」(交渉筋)ており、政府は「時間がかかっても妥結を目指す」と強調する。

 しかし「人的資源は限られている」(政府関係者)。通商外交を打開するためにはTPPやEPAに傾注せざるを得ないのが現状だ。しかし、EPAでは韓国などに後れを取っている。また、現政権が推し進めているTPPでは、コメなど高い関税を維持したい農産品を抱える日本に対し、高い自由化レベルを求める米国などからの厳しい要求が出されて難航するのは必至。日本の通商政策の厳しい状況は当面続きそうだ。【野原大輔】

◆多角的貿易交渉の歴史とドーハ・ラウンドの経緯◆

1948年    ジュネーブで23カ国の貿易交渉協議

         GATT発足

  49年、51年、56年……13~38カ国の貿易交渉

  60~61年 ディロン・ラウンド(26カ国)

  64~67年 ケネディ・ラウンド(62カ国)

  73~79年 東京ラウンド(102カ国)

  86~94年 ウルグアイ・ラウンド(124カ国)

  95年    WTO発足

  99年    米シアトル閣僚会議で新ラウンド開始失敗

2001年11月 カタール・ドーハで新ラウンド開始合意

         中国がWTO加盟

  03年 9月 メキシコ・カンクン閣僚会議で交渉凍結

  04年 7月 農業・鉱工業製品の自由化枠組み合意

  05年12月 香港閣僚会議で交渉方式の基本設計を合意

  06年 7月 南北対立による交渉難航で一時中断

  07年 1月 交渉再開

      7月 議長テキストを中心に交渉が進展

  08年 7月 ジュネーブ閣僚会議で合意を目前に決裂

      9月 リーマン・ショック

  10年    欧州債務危機広がる

  11年12月 ジュネーブ閣僚会議で「休止」の総括

最終更新:12月17日(土)23時26分

資本主義優勢の現代で当然の結果なのだろうか。

暗黒の稲妻