<天竜川転覆>不明の3人遺体で…船頭と80歳男性、男児
毎日新聞 8月20日(土)23時33分配信


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天竜川の川底から引き揚げられた、転覆した「第11天竜丸」=浜松市天竜区で2011年8月20日午前10時39分、手塚耕一郎撮影
 浜松市の天竜川で17日に川下り船「第11天竜丸」が転覆した事故で、静岡県警などは20日、下流で発見した男性の遺体を浜松市天竜区、船頭、北橋国幸さん(66)と確認。新たに堺市北区、無職、羽根弘(ひろむ)さん(80)と、浜松市西区、望月柾良(まさよし)ちゃん(2)の遺体も発見した。これで行方不明者は全員、死亡が確認され、計23人が投げ出された事故は、死者5人、負傷者4人の惨事となった。

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 北橋さんは川下り船の後部で操船していた。羽根さんは、事故で亡くなった妻洋子(ひろこ)さん(74)と軽傷を負った息子の勉さん(49)の3人で乗船。柾良ちゃんも会社員の父朗久(あきひさ)さん(39)と姉(9)の家族3人で乗船していた。

 事故現場から北橋さんは約10キロ、羽根さんは約300メートル、柾良ちゃんは約2キロ、それぞれ下流で見つかった。【高橋龍介、沢田均、小玉沙織】

 ◇定年退職後、夢の船頭に…死亡の北橋さん

 遺体で見つかった北橋国幸さんは運輸会社を定年退職後、「幼いころからの夢だった」と船頭になったという。今年6月に操船を任されるようになったばかりだった。

 小中学校時代の同級生だった鈴木祥一さん(66)によると、北橋さんは、近所に住んでいた船頭に誘われ夢を実現させた。「小さいころ北橋さんの父親が持っていた小舟に乗り、船頭になりたいと言っていた」と振り返る。

 天竜浜名湖鉄道によると、北橋さんが船頭として採用されたのは08年10月。今年3~4月に、2級小型船舶操縦士などの免許を相次いで取得した。操船しない前部の船頭に資格は必要ないが、北橋さんは自費で取ったという。同社は「とても意欲があった」と話す。

 免許取得後は、ベテラン船頭と2人で後部の操舵(そうだ)を10回程度行い、6月21日から独り立ちした。事故までに約10回1人で操舵したという。

 天竜浜名湖鉄道は事故原因を操船ミスとみている。同級生の寺脇太一郎さん(66)は「歌がとても上手で、船頭になって『船で歌を歌ったよ』とうれしそうに話していた」と残念がった。【小玉沙織】

最終更新:8月21日(日)0時48分

結局行方不明だった人が遺体で見つかるという最悪の結末で終わってしまった。
亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

暗黒の稲妻