大火砕流から20年、普賢岳の麓で鎮魂の祈り
読売新聞 6月3日(金)11時19分配信

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大火砕流に見舞われ燃える住宅。手前は大野木場小学校(1991年6月3日午後、長崎県島原市で、読売ヘリから)=林弘志撮影
43人の死者・行方不明者を出した長崎県雲仙・普賢岳の大火砕流から、3日で20年を迎えた。
被災地の同県島原市では犠牲者の追悼式が開かれた。大火砕流は1991年6月3日午後4時8分に発生。普賢岳の麓の同市上木場(かみこば)地区で警戒に当たっていた消防団員12人のほか、警察官2人、住民6人、火山学者3人、報道関係者16人、タクシー運転手4人が巻き込まれ、犠牲になった。追悼式では、全員で黙とうした後、横田修一郎市長が、東日本大震災の被災者に向け、「復興した島原の地から『災害は必ず復興できる』とのメッセージを発信したい」と述べた。遺族は家族ごとに献花し、犠牲者を弔った。
最終更新:6月3日(金)14時13分
覚えてるわ。
あれからもう20年経つんだね。
時間がの経過が早く感じられてしまう。
暗黒の稲妻
読売新聞 6月3日(金)11時19分配信

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大火砕流に見舞われ燃える住宅。手前は大野木場小学校(1991年6月3日午後、長崎県島原市で、読売ヘリから)=林弘志撮影
43人の死者・行方不明者を出した長崎県雲仙・普賢岳の大火砕流から、3日で20年を迎えた。
被災地の同県島原市では犠牲者の追悼式が開かれた。大火砕流は1991年6月3日午後4時8分に発生。普賢岳の麓の同市上木場(かみこば)地区で警戒に当たっていた消防団員12人のほか、警察官2人、住民6人、火山学者3人、報道関係者16人、タクシー運転手4人が巻き込まれ、犠牲になった。追悼式では、全員で黙とうした後、横田修一郎市長が、東日本大震災の被災者に向け、「復興した島原の地から『災害は必ず復興できる』とのメッセージを発信したい」と述べた。遺族は家族ごとに献花し、犠牲者を弔った。
最終更新:6月3日(金)14時13分
覚えてるわ。
あれからもう20年経つんだね。
時間がの経過が早く感じられてしまう。
暗黒の稲妻