また長いこと放置してましたが、少し時間もあるので書いてみようかと。

今日も朝から天気は最悪で、降り注ぐ豪雨と雷の中実家から帰ってきましたが、稲妻が頻繁に落ちている方角に向かって車を走らせるのはちょっと気が引けた・・・。
まぁ、落雷に対しては車の中にいるのが一番安全だと言われるから心配してないけれど、木や電柱に落ちて倒れてこないか警戒しながらだったから、いつもより気疲れした気がする。

お盆は実家に帰省していたけれど、雨のせいであんまりどこにも行けなかったなぁ・・・。

それでも、昨日は中学までの同期でBBQや飲み会を企画してくれていたので、かなり久しぶりに会う人も多かったけれど、皆昔とほとんど変わらなかったなと思う。
良い意味でも・・・逆でも。

でも、こうして大人数で話したりするのはやっぱり色々と良いことだなと思う。
自分も、反省するべきことが多かった。
中でも、特に自分には他人にものを教える資質がやっぱりないと思った。

答えを教えるのは簡単なこと。
でも、ただ答えを教えるだけで問題が解決すれば、それで納得して終わってしまうから、自分で調たり、考えたりする機会を奪ってしまうことになる。
たまにならそれで良いんだろうけど、酷い場合には人に依存するようにしてしまうのが問題なんだよなぁ。
別に、疑問があれば答えてあげたいし、困った時に頼って貰えるのは嬉しいことだけれど、常に答え続けてあげられる訳ではないからなぁ・・・。
それに、正確な情報だけを伝えようと思ってはいるけれど、まだまだ自分も知らないことばかりだし、間違っていることもあるし、忘れたり、憶測や感情論になってしまうことも多い。
また、世の中にはわざと騙そうという輩も多いわけで、そんな人に引っかかってしまえばその人の人生が狂っちまうことになる。
しかもそれに気付かないことが怖い。
事実関係は知らないけど、こないだ話題になった芸能人の洗脳とか、そんな感じ。
あれも重い例ではあるけれど、それでも被害者が芸能人じゃなかったら話題にすらならんだろうね、周りの人間も気付かんだろうし。

かといって、常に人の言うことを疑うようになれば、自分のようにひねくれた人間になってしまうから、どちらが良いなんて結論は永遠に出ないんだろうけど。
ただ、人の言うことをまるまる聞くんじゃなくて、自分の意思・意見を持って欲しいなと思うのだけれど・・・。
今回は、心配しすぎだとは思うけれど、最悪命に関わっていた問題だから、ちょっときつい言い方になっていたとしても、もっと考えて言うべきだった。
また自分の悪いところは、前にも言ったから大丈夫かと思ってしまうこと。
会話中にぽろっと言ったことなんて、誰だってそんなに覚えちゃいないのに、もう言ったから分かってるだろうと自己満足してるだけ。
最低だね。
もう半年後には会社でも後輩ができるだろうし、そうなるとどうしても教えなくちゃいけなくなる機会が多いと思う。
ほんの僅かのミスが命に関わる仕事だから、資質がないといって逃げるわけにもいかんし、あと半年のうちに少しでも改善したいと思う。

また、一人暮らしは大変だとか、寂しいという話もよく聞くけれど。
頼ってきた人たち・信頼してきた人たちは、必ずいつかいなくなるんだよ。
ただ、それが遅いか早いかの問題だけで。
それは紛れもない事実。
だからと言って、一人で生きろとは言わないけれど、心構えを持っておかないと万が一の時に何にもできなかったらどうする?
それに、子供ができたとしたら誰が物事を教える?
学校?会社?
学校でそんなこと教わった?会社で誰か教えてくれた?
そりゃ少しは教えてくれるだろうけど・・・。
殆どの人は親じゃないの?
今度は、自分たちがその親になるんだよ。

だったらお前は何ができるの?
と言われたら、何にもできないよ。
色んな書類の手続きだって、まだ聞かなきゃ分からないことも色々あるし、自分もまだまだ頼りっぱなしだよ。
でも、実家に帰った時には色々手伝って、親や祖母の技術や知識を勉強させてもらってるつもりではいるけど。

実際、一人暮らしを始めただけで、一人で生きていけるかどうかって言われたら・・・。
できないよ。
それは断言できる。
ただ、それまでやって貰ってたことを自分でやらなきゃいけなくなって、足りないことを知って、聞くことができるようになるだけ。
だから、別に実家で暮らしてても十分生きていけるようになる。
1ヶ月間、いや1週間でも良いから、全ての家事を全部一人でやってみれば良い。
最初は誰にも、何も聞かずに。
それで失敗したら聞いて、知っていけばいい。
仕事もやって、家事もやって・・・体力的にも、精神的にもそりゃ大変だよ。
でも、親はそれを毎日やってくれてたんだよ。
そこで逃げるようならたとえ一人でなんとか暮らせたとしても、まともな生活にはならんよ。
ましてや、家族が増えたらどうするの?
育児放棄?虐待?
・・・最近、そういうニュース増えたよね。

・・・なんて、長々と偉そうなことばっかり書いて。
何様のつもり?とか
自分でできるようになってから言えよ。とか
何を知った気でいるんだよ。とか
色々思う方も多いでしょうね。
当然です。
・・・自分でもそう思いますから。

不快に思ったならブラウザを閉じれば良いし、小僧の戯言だと思って無視してくれれば良いです。
自分も、自身の価値観を押しつけたくないですから。
ただ、これを読んで、自分なりの考えを持ってくれる方が一人でもいたら幸いですけどね。


追記:
久しぶりに大学時代の友人からメールが届いた。
いつもの遊びの誘いかと思いつつ開いてみると・・・。
『研究室の先生がお亡くなりになられました。』と。
自分のいた研究室とは別の研究室の教授だけれど、その教授は学生だからといって人を下げて見ることもなく、気さくに世間話をしてくれるような、恩師と呼べるほどの人だった。
自分たちの卒業と同時に定年退職を迎える予定だったけれど、ちょうど去年の今頃から癌で入院して、卒論発表には間に合わなかったけれど、少しずつ良くなってきているとは聞いていたから、安心していたけれど・・・。
良い人ほど・・・とはよく言うけど、まだ早すぎるよ。
また、何も返せないうちに恩人が逝ってしまった。
たった一つだけ、自分で決めたことをまた守れなかった・・・。
相変わらず不甲斐無い自分で本当に申し訳ない思いで一杯ですが、自分がそっちに逝った時には、堂々と顔向けができるようになっておきます。
進路調査の時の言葉は、今でも覚えています。
本当に御世話になりました、ありがとうございました。
御冥福をお祈りしております。
合掌。