優しい人が好きだ。
優しい人になりたい。
と、よく言われる。

優しいって、どういうことだろう。
人の嫌がることを代わりにしてあげること?
利益を求めず働くこと?
物腰が柔らかな人?
生き物や物を大切にする人?
どんな人とも仲良くできること?
人の悪口や愚痴を言わないこと?
・・・人のために自分を犠牲にすること?

・・・そうだと言う人もいるし、違うという人もいる。
優しいだけが優しさじゃないという言葉もある。
上に挙げたことが優しいと思わない人もいるみたいだ。
優しいと一言で言っても、色々なのだろう。

私は、優しさとは炎のようなものだと思う。
炎は冷えた体を温めたり、炎を利用して物を加工することもできる。
人は炎を利用することで生活を豊かなものにしてきた。
でも、炎を求めすぎたり使い方を誤ればたちまち炎は大きくなり、身を焦がすことになる。

優しさが決して良いことばかりでは無いと言われるのは、そんな炎と似ているからなのだと思う。
仮にAがBの嫌がることはどんなことでも代わりにしてあげたとしよう。
BはAがいなくなった時、嫌いなことをどう解決していけば良いのか。
Aが無理して自分を抑えて代わっていたとしたら、Aはいつまで我慢が続くだろうか。

また、
優しいと言われもすれば、八方美人だと妬まれもする。

無理して我慢して、それで結局人のためにならないのならば、誰の・何のためになるのだろうか。
だから、優しければ良いというものでもないと思う。

勿論、嫌な事があっても自分を抑えて接することのできる優しい人は素晴らしいと思いますよ。
ただ、抱え込み過ぎるのは良くないということだけは忘れないでほしいこと。

・・・本当に優しいってことは、他人にも自分にも優しいってことなのかなぁ。