









皆さまこんにちは、ダークダックス館林音楽館です。
前回に続き、8月8日に旅立たれた高木敏子さんを偲び、高木さんの原作をもとに、杉紀彦さん構成・服部克久さん作曲・ダークダックスによって発表された合唱組曲「ガラスのうさぎ」の思い出をご紹介します。
お話を伺うことが出来た渡邊幹代さんは当時、劇団若草に所属してらっしゃったそう。
昭和60年3月5日に放送された「NHK歌謡ホール」での舞台。ダーク4人と渡邊さんがハーモニーと朗読に乗せ、日本のごく普通の家庭の日常、疎開、空襲、死、そして希望…涙なくしては観られない舞台を創り上げられました。
放送後、全曲放送を望む声や、自分たちも歌いたいと希望される、全国の小中学生や合唱団体からの問い合わせが寄せられるほど、この放送は大きな反響を呼びました。
"完璧"と評しても良いこの舞台でしたが、そこには渡邊さんが語って下さった、とんでもないエピソードがありました。
…渡邊幹代さんからのお話…
~実は当初、別のお子さんの出演が決まっていたそうなのですが、生放送の時間帯(午後8時~)の出演が労働基準法(15歳未満の午後8時以降の不就労)に抵触することが発覚し、急遽出演できなくなるというアクシデントが起きたのです。
そこで急遽、放送当日に当時18歳だった私ともう一人がスタジオへ呼び出され、その場で初めて台本を渡されて読みのオーディションが行われ、急遽私が選ばれることとなりました。
そのため、事前の練習や合わせなどは一切なく、文字通りの「ぶっつけ本番」でした。ダークダックスのメンバーの皆様や、原作者の高木敏子先生とも、まさに本番のあの瞬間に初めてお会いしたのです。
そのような極限の緊張感の中、メンバーの皆様が温かく迎え入れてくださり、魂の歌声と私の朗読が奇跡のように共鳴してあの舞台が生まれました。杉紀彦先生や服部克久先生も含め、当時の皆様とあの一瞬を作り上げることができた時間は、私の生涯の財産でございます。(原文ママ)〜
何ということでしょう…合わせも何も無し、あの舞台上で初顔合わせ、しかも収録ではなく生放送という、イレギュラーだらけの状況で、あれだけの完成された舞台が出来上がるとは、やはり神様がいるのでしょうか…
あの「母さん!母さーん!!」の叫びは、何にも増して、命を奪われた、家族を引き裂かれた全ての人々の叫びを代弁している、そう感じざるを得ません。
音楽館でも年に数度、小さなコンサートを催しますが、毎度綿密に打ち合わせて、出演の皆さまもスタッフ陣も早朝から舞台づくりをきっちりやって、それでも終演まで、一瞬も気の抜けない時を過ごしますが、そんな事も一切無しに、NHKホールでのあの舞台…やはり全員がプロフェッショナル、だからこそ出来るものなのでしょう。
あらためて大きな感動と、出演された皆さま・スタッフ陣が、高木さんやこの舞台、そしてお聴きくださった全国の皆さま、何よりも戦渦に斃れた、数多の人々へ向けた強い思いを、40年近い時を超えて頂戴出来ました。
渡邊幹代さん、貴重なお話を本当にありがとうございました。
(次回は、合唱組曲「ガラスのうさぎ」へ寄せられた、高木敏子さんをはじめ、関係者が残したメッセージをご紹介いたします)