皆さまこんにちは🧑🎄ダークダックス館林音楽館です🎄🦆🎄
前回ご紹介した「ダークの芳名帳」、ダークダックスの名が世に知れ渡り始めた、1950年代から60年代ごろの、様々な方面の方々との繋がりをご紹介しました。

もちろん、その後もダークは幅広く交友が拡がっていくのですが、2回目のご紹介では、溌剌・爽やかであった若き日のダークが、次第に円熟・いぶし銀(ゲタさんはこの”いぶし銀”色を目指してらっしゃいました)に変化していく過程を支えて下さった方々をご紹介です。

(左から 江間章子さん・敏トシさん・森田公一さん・船村徹さん・中村八大さん・高木東六さん・米山正夫さん・岩谷時子さん)
戦後日本の音楽界をリードした偉人たちのお名前が勢ぞろい!

(上海より、秋山敏臣マネージャーへ宛てた封書に…)
音楽館には、江間章子さんが中国旅行の折、上海からダークに向けてしたためた詩が保存されています。そこには、前田憲男さんの下書き譜面も共に眠っていました。未完であったろう、この「星くず」という詩、何とか蘇らせることは…
そして「花のメルヘン」作曲の敏トシさん、「絆」や「娘よ」作曲の森田公一さん。どちらもダークを語るうえで欠かせぬ名曲を書いて下さったお二方です。

(左から 奈良光枝さん・霧島昇さん・三浦洸一さん・黒澤明とロス・プリモス・森繁久彌さん・佐々木信也さん・中村嘉葎雄さん・長門裕之さん)
奈良光枝さんと霧島昇さんが揃っていらしていたのは驚きました。そして森繁久彌さん、森繁さんが歌う「銀座の雀」や「しゃれこうべと大砲」などのバックコーラス役での共演映像も今や貴重な財産。
「プロ野球ニュース」の佐々木信也さんはマンガさんと、俳優・中村嘉葎雄さんはパクさんと、ご親戚同士という間柄。
長門裕之さんと南田洋子さん夫妻が司会をなさっていた、1970年代の「ミュージック・フェア」。既に人気の絶頂にあったダークはもちろん、番組の常連でした。

(左から 池田彌三郎さん・大賀典雄さん・井深大さん・正田英三郎さん・佐治敬三さん・堤清二さん・櫻内義雄さん・森喜朗さん)
経済学部出身の“慶應ボーイ”であったダークダックス。ワグネルのメンバーを中心とした慶應卒業生はもちろん、政財界にも多くのファンがいらっしゃいました。
“タレント教授”のハシリ、慶應大学文学部教授・池田彌三郎さんのユニークな解説が際立つステージ音源「大正浪漫」と「銀座ヲ唄フ」は、日本の近代音楽を知る上で、非常に学びとなる録音です。
東京芸大声楽科を卒業された、ソニーの大賀典雄さんは学生時代からのご縁。1952年、藤原歌劇団に請われ、芸大生・慶應ワグネル・早稲田グリー合同で、ワーグナーの「タンホイザー」の公演をお手伝いしたそう。
そのソニー創業者・井深大さんのお名前も。ソニーがまだ「東通工」の名であった時代の、CMソングのお話も残っています。
上皇后さまのお父上・日清製粉会長の正田英三郎さん。館林の老舗醤油メーカー「正田醤油」の御曹司でもありますが、その館林にダークが音楽館を建てたというのは、何とも不思議なめぐり合わせ。
クラシックがお好きだった、サントリーの佐治敬三さんもダークの大ファン。詩人としても活躍した西武の堤清二(ペンネーム:辻井喬)さんは、團伊玖磨さんと組んで「日本の道」シリーズを書き上げてくださいました。
衆議院議長を務められた櫻内義雄さんは、慶應大学経済学部の先輩。元首相・森喜朗さんもいらっしゃっていたのは驚きです。
家電・食品・お酒・百貨店・医薬品…あらゆる業種のCMソングも吹き込んだダーク。もちろん、この芳名帳に残されている、日本産業界の偉人である方々の会社の歌も、みんな歌っています。

(もうすぐダークは74歳…プチ装飾でお迎えします)
ダークの芳名帳、いかがでしたか?残されたご署名は、今や歴史上の偉人になりつつある方々ばかり。あらためてダークダックスという大きな存在を思い知らされ、同時に私たちに課せられた「ダークダックスを未来へ」という責任と使命の重みを感じさせられます。
もうすぐクリスマス…あちらのダークは今頃、コンサートの準備が忙しくなってきているでしょうか…
皆さまもダークのハーモニーとともに、素敵なクリスマスをお迎えくださいませ🦆🦆🎄