≪ 2007.3.1.の記事より ≫
猫と暮らすというのは、ある意味最高の贅沢でしょう。
小さくやわらかく温かいこの生き物は、私たちに至福の時を与えてくれる。
しかし、もちろん良いことばかりではない。
悲しみの時を知らないと、本当の至福も薄れてしまうのだろうか?
できれば、悲しみの時があることを、ずっと知らないでいたかった。
(ちょこパパ&ちょこママより)
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チャッピー姉さんは小さい頃、人間の子供に石を投げられイジメられて
いるところを、ちょこパパの同僚に助けられた。
その後ちょこパパの家で一緒に暮らすようになり、顔にできたキズの
の治療を続けていたいたそうだ。
しかし、脳の中にできた水疱がなかなか小さくならずに、たまに発作を
起こしていた。
4歳になりだいぶ発作も治まってきたと思っていた頃、なぜかまた急に
発作が頻繁に起きてきた。
発作の起きている時間も長くなってきた。
発作を起こすと、手足を驚くほどの力でやみくもに動かすので、頭を
壁や床にぶつけてしまう。
時には爪を剥がしてしまうこともたびたびあった。
病院で診てもらっても、薬を強くしていくしかないという。
しかも、副作用でボーっとしていることが多くなるという。
これからの治療方法を検討しているうちに、その日は来てしまった。
今度の発作は夜遅くに起きた。
その日はいつもと違って、なかなか発作が治まらなかった。
ちょこパパは翌日仕事で朝が早かったので、チャッピー姉さんが
発作でケガをしないようにと、少し治まった時にカゴに入れた。
翌朝、早く起きたちょこパパは出勤の準備の途中、チャッピー姉さん
がケガをしていないか、カゴから出してチェックしようとした。
しかし、もうその必要はなかった。
カゴの中で、静かに眠っていた。
冷たかった・・・・
朝ゴハンの用意をしていたちょこママに告げた。
もう2人とも朝ゴハンどころではなくなり、2人で泣いた。
せめて、カゴになんか入れないで一緒にいてあげたかった。
自分の都合だけでカゴになんか入れて、苦しかったろうに、
淋しかったろうに・・・
独りで逝かせてしまった・・・
非常に悔やんだ。
悔やんで悔やんで、自分の愚かさに腹がたって涙が止まらない。
発作中あんなに苦しそうだったのに、チャッピー姉さんは以外にも
とても安らかな表情をしていた。
最期は痛みからも解放されたのだろうか?
・・・それがせめてもの救いに感じた。
その日、会社に急用で休むことを伝え当日欠勤し、実家にいた
ワンちゃんの「チャコ」が眠るお寺で、手厚く葬った。
いつか訪れることではあるが、別れはやっぱり辛い。
(そんなに悲しまないで、すぐに戻ってくるから・・・)
そんな声が聞こえたかもしれない。
しかし、それからしばらくののちに、姿を変えてチャッピー姉さんは
戻ってきた!
その話は、また別の機会に・・・。