山奥に佇む100年以上前の馬小屋。
それがグラフトンの日本山妙法寺のお寺。
そしてここが90年以降、ランニングや平和行進などに参加してない時に多くの時間を過ごすことになった僕のもう一つの家。
60坪ほどあっただろうか敷地に建てられた、3階建ての木造ボロ小屋。
自らを乞食坊主と称する日本山の坊さま方からすると、立派な寺を持つことなんぞどうでもいいそうなんやけど、当時その中にあっても1・2を争ういい意味で雰囲気のあるお寺やった。
(その後、多くの寄付や多くの助けによって立派な本堂が建つんやけど、それは僕が日本に本格帰国してから数年後のお話)
電気は基本使わず、水道ももちろんないので、毎日30メートルほど離れた地主のハンクさんの家からホースで水をもらい、大きなゴミ箱のようなポリタンクに溜めてそれを生活用水として使っていた。
トイレなんぞ勿論あるわけもなく、ボロ小屋の裏手に廃材とボロ布で覆っただけの簡易トイレ(詳細は割愛ww)
生ゴミは寺の前にある猫の額ほどの家庭菜園の畑に設置した金網にコンポストとしていれていたが、食材は全て使い切るのを基本にしていたので殆ど生ゴミは出さなかった。
建物内部の半分は屋根までの吹き抜けで、残りの半分は資材置き場にでもしていたのだろうと思われる二階と三階。
この二階と三階が僕らの寝床。
1階吹き抜け部分の反対側にみんなが集まる食堂的な、この建物内で唯一部屋と呼べる場所があった。
部屋の中央辺り外側の壁に向かい小さな薪ストーブが設置してあり、このストーブで全ての調理を行い、冬場はこのストーブが唯一の暖房器具でもあった。
1階の吹き抜け部分が所謂本堂で、一応お寺らしく飾り付けてはあるが如何せん建物がボロいので、それこそボロ寺(失礼!)と呼ぶのに何の遜色もない外観やった。
が、内部の仏像を安置してある祭壇(あってる?)あたりは綺麗にされており、必要最低限に灯された灯篭と蝋燭の灯が薄暗いボロ屋と相まり返って神秘的に見えたりもした。
この本堂で朝の夜明け前と夕方に小一時間お勤め(寝坊その他の理由によりエスケープ多数)、朝はお勤め後寺から150メートルほど離れた塔の建設現場にお参りしそこで日の出を拝んでから朝食、その後日中はずっと仏舎利塔建設現場にて永遠と肉体労働。
毎日この森の中での作業中、10時と15時のティータイムがとてもいい時間で、たまに出てくるOreoなんかに歓喜したよね〜14歳の俺。
なので今だにOreo系のお菓子は大好きやねん。
春にグラフトンにいた記憶はあんまりないんやけど、夏、秋、真冬はしっかりと過ごした。
っと、今日はここまで