初めてのPowwowで度肝を抜かれてから約一年後、1990年、ヨーロッパで行われたセイクレッドラン(イギリスからモスクワまで1万キロ以上を自分たちの足で走破)の道中、ポーランドのロックフェス(場所不明)にてインデイアンソングのシンガーとして舞台デビューした。

 

俺14歳

 

デビューって言っても本番直前にドラムの輪に入っておいでとデニスから誘われ、スティックを渡されそのまま流れでステージに送り出され、いきなり3000人近い観客の前で歌う羽目に。

 

1990年のヨーロッパ、前年の89年11月にベルリンの壁が崩壊し、90年の10月に東西ドイツが統一、僕らがポーランドを走り抜けたのがその少し前の9月ごろ。

 

壁崩壊からまだ1年も経たないバリバリの東ヨーロッパ、東ドイツに入った瞬間それまでに走ってきたイギリス・フランス・ベルギー・西ドイツなどの西側諸国とは明らかに違う風景、空気感、目に見えて違う人々の生活レベル、、、

 

そんな感じでポーランドもお世辞にも裕福とは言えない状況の中、僕らが参加さして貰ったロックコンサートも古い古い市民体育館の中、機材も決して良くない、僕らに与えられたのも一本の58のみ。もちろん有線。

 

それでも当時ポーランドの若者たちの間でアメリカインディアンが大ブームになっていて、そこにほんまもんのインディアン達が来るぞってんで会場は異様なまでの盛り上がり、それでなくてもサービス精神の塊みたいなデニスはドラムを持ち上げ、シンガーズ全員を引き連れ歌いながら舞台を降り観客の中へ。

 

火に油、、、

 

熱しすぎて煙をもくもく出してる油に火を注ぐがごとく観客の熱狂はピークに達し、10人ほどのシンガーズとバスドラほどの太鼓一台とマイク一本、その周りを千人ほどが幾重にも輪を作りグルグルと回り出し、まるでスーフィーのズィクルみたいな状態に。

 

その間10分だったのか30分だったのか全く覚えてへんけど、次の日殆ど声が出なくなるぐらい力のかぎり歌った(叫んだ?)。

 

演奏が終わり、デニスがメンバー紹介をしもちろん僕の名前も呼ばれいざ掃けようにもブチ上がってもうた観客にもみくちゃにされ、会場から出るのも一苦労。

 

インディアンでもなければ、その日まで歌なんかロクに歌ったことのない僕にですら「ダイジロー!!」なんてポーリッシュのおねーちゃんが叫んでキスしてきたり、、、

 

そう、これこそが歌の力!!

 

舞台でて目立てばキャーキャー言われる! 僕の勘違いの始まりww

 

 

 

って、、、そんな話やのおて、、、

 

 

 

 

てなところで本日もお時間がやってまいりました。

 

今日はここまで

 

 

 

 

 

おまけにスーフィーのズィクル