近年、核家族化が進み、三世代が同居して暮らしている家庭が少なくなったように思えます。その結果、年寄りだけの家が増え、その年寄りが入院したり、老人ホームに入ったりするとその家は留守宅になり、やがて亡くなれば空家になってしまいます。県外などに住む子供たちが実家に戻るのは、親が死んだ時です。こういう親子がたとい一緒に暮らせない事情があったにせよ、これでは終末時に互いにこれまでの詫びる思いや、労いやお礼の言葉を交わす折角の心を通わせる機会を逃してしまっている気がします。それどころか、今や親の最期を肉親がそばで看取ることも少なくなったのではないでしょうか。
以前、私は深夜2時頃にご門徒宅に枕勤めに出向いた時の事。「遅くから申し訳ありません」と丁重に出迎えて下さって、「母が亡くなりまして。どうぞこちらへ」と仏間に案内されました。そこには娘が二人、息子が一人居て、夜間静まり返った狭い部屋で、亡骸を前に神妙な面持ちで座っておられました。先ず私は「この度はご愁傷様です」とお悔やみを述べて、二言三言言葉を交わし「それでは勤めさせて頂きます」と、お内仏に向き直りお経を上げていると、私の後方に人気が感じられません。変だなと思っていると、隣の部屋から声が漏れてきました。男の声で「先の話やけど、母ちゃんどんだけ(金を)残しておってん?」すると「あんた、今まで母ちゃんの世話一つもしとらんもんが、何言うとるんやいんね」と口喧嘩が始まったではないですか。<何もこんな時に、オイ、いい加減しろ>とつい怒鳴りたかったのですが、いやはやこれも今日の世相を表しているのかと、ため息が出てしまいました。親子の情について、今一度考えたいものです。
住職の口癖 わしには、この歳になったら親友は要らない。当てにならないから。
