私は本校にゆかりのある人が、社会で名声を博したりすると、何故か身内の者のことのように嬉しくなります。快感とでも言いますか、とても気分が良くなるのです。昨年は11月に岸彩乃さんがブルガリアで開催されたトランポリン世界選手権で銀メダルを獲得したというニュースがまさにそれで、まず彼女が小松大谷高校の出身者であることが嬉しい。そして、何よりも世界で2位になったことが何よりも増して嬉しい。ついついこの快挙に酔いしれて、次は東京オリンピックでのメダル獲得という夢が正夢になるのでは、とさえ期待が膨らんでしまいます。

 実を言うと、彼女とはブルガリアに出発する前日に、学校で西清人校長と私とで激励会をしました。「頑張ってこいよ」と励ますと、「はい、メダルを取ってきます」とはっきりと応えてくれました。その時、私は名刺の裏に手書きで「夢は諦めた時に、消えてしまう」と書いたカードを贈りました。この言葉に彼女は「この通りでした」と語り、これはきっとこれまでリオデジャネイロ五輪代表の落選の失意や、幾度のけがを乗り越えてきたことがあったからこそこの言葉に率直に共鳴したのでしょう。

 

 ところで、私はこれまで同じようなメッセージカードを教師や生徒にも度々贈っています。このカードを希望する生徒には「三つの気 やる気・根気・負けん気」と書いたカードに、それぞれの生徒名を書き入れたものをこれまで約2,400枚を贈っています。生徒達にはこの言葉の意味を加えて「皆さんは本校で一番やりたいことをコツコツと根気よく努力して、時には弱気になる自分に負けないで、勉学に部活に取り組んでほしい」と激励しています。他には「驕り高ぶり命取り」「鯉のぼり泳ぐはいつも向かい風」「辛抱の木に花が咲く」「失敗は学ぶためにある」「君はきっと変われる」などと諺にはない、これら自作のものも含めて適宜にその人物に応じたものを直接手渡ししています。

 私はこのカードの言葉が少しでも励ましになればとの自分勝手な思いで、お節介なこととは十分承知の上で、今も続けています。然し乍ら、どうもこれは私の独り善がりな贈り物なのかも知れませんが。

 

住職の口癖   この頃、葬式にお金を使いたがらない風潮があるようだ。