居場所って、やっぱり大事だ。
もちろん、住む場所、という意味も含めて。
けれど、活躍できる場所、安心できる場所。居場所は多い方がいい。
ボク自身の視点が固定されているいるんじゃないか。中学でいったん立ち止まった(この表現が正しいのか?)娘の「次」を考えてみたくて、今までに自分の価値観では「あり得ない」と思うような世界に飛び込んだ。
けれど、目から鱗を感じたのは、他ならない自分自身だった。
居場所は「君はここね」って決められるものじゃない。自分で選び、みつけるものだ。けれど、動かないと見つからない。相当迷い歩き、いくつか提案もしてはみたけれど、最後に決めるのは自分自身。もちろん彼女なりの考え方もあるだろう。けれど、もしも提案した中に、何か心に残るものがひとつでもあったらそれでいい。
その後に、自分の居場所も探すことになるとは想定外だったけれど。
ちょっと複雑な仕組みを選んだので、説明は省くけれど、辞令上は月曜から、実質的には今日から職場に戻ることにした。
人によっては贅沢、といわれるかもしれないけれど、自宅に籠もって、じっとしていて喋らず、自分と向き合う時間は過酷だった。このまま引きこもるか、消えてしまおうか、それだけ頭を巡った時期もあった。けれど、決めた。「動こう」。
昨日は打ち合わせに職場へ出向いた。
その前に、腹ごしらえを兼ねてごちゃまぜCafeへ。
「お帰り」って迎えられて、顔見知りと話し出す。「お隣の方は、今日は安曇野から見えたんだって。」「へー。遠くから見えるんだね。」「お医者さんなんだよ。」「は?」
…よく見たら、昨日から転院を決めて診察を受けたドクターだった(笑)。
世の中狭いし、偶然というか、必然とはこういうことか、と改めて思った。
けれど、それ以上に、「動かないと得られない」、「動かないと出逢えない」ということを、痛感する機会でもあった。
予想はしていたけれど、職場で待っていたのは辛辣な言葉だった。
当たり前だ。どんな事情があろうとも、客観的にみれば2年続けて半年の休職。
自分で計画を立てて進めていく仕事だし、年齢的にも抱えるものは多かった。やりたいこともたくさんあった。けれど、そこから突然離れてしまえば、代わりに入っていただく方は大変だ。どれだけの迷惑であったかは想像がつく。厳しい言葉に甘んじた。
奥歯がギリギリ言うくらい、胃の痛みを超えて肋骨が痛むくらい、言葉に耐えた。
信用はされるわけがない。これからまた積み上げていくしかない。
けれど、信用も、自分が専門としてきたことも、ライフワークとしてきたこともできないところからのスタートは、想像以上に切なく、厳しいものだ。今はここに居場所はない。そう感じた。
笑顔で、「じゃ、また明日」って帰ってきたけれど、自宅に帰るクルマの中でボロボロ泣いた。
今、職場は居場所にならないかもしれない。
けれど、居場所はまた増やしていけばいい。面白い、と思うことをまたみつけていけばいい。
仕事については、今は確実さを最優先。信用の積み上げだ。
やりたいことはたくさんあるけれど、まずは刺激よりも堅実さだ。今まで考えたことはなかったけれど、しばらくイケイケは封印だ。まずは、ここを居場所にできるかだ。そう言い聞かせた。
長野でも有名なS温泉。その中でも有名なAという宿。
1度だけ仲間と泊まったことがある。お財布は痛かったけど。
ここのお風呂は、「温泉ですか?」と思うぐらいにぬるい。行った時期も真冬だったせいもあるけれど、入ったら出られない。
比喩としては良くないかもしれない。けれど、癒やされたいと思いながら、ずっとぬるま湯に浸かっていて出られない。そんな日々を半年余り送っていたかもしれない。
けれど、もう上がらなくちゃ。
夕べ、ぽつんと部屋の中で、ひとりで考えた。まずは動こうと改めて誓った。
どうせもともと動きたいんだ。今は辛抱しながら、新しい居場所を探そう。作ろう。そう思った。
自分が思った以上に、気持ちのすり減り方は大きくてまだまだ復調と言うにはほど遠いけれど、もともと何か開拓していくのは嫌じゃない。
まずは足元を固める。それが最優先だけど、今は白紙の「これから」を埋めていく。
今までになかった「ゆっくり」という価値観が加われば儲けものだ。
今まで知らなかった新しい居場所も探してみよう。自分に厚みが増すのも面白い。
自信はまだないけれど、奮起させるつもりで書いてみた。




