先月だったか、backnumberの全国ツアーのチケット一般発売がありましたが、健闘空しく30分かからず、チケットはsoldout。改めて人気の凄さを知る機会がありました。その前に、先行販売も挑戦してみたんだけどね。

どうしても行きたい訳じゃなかったけれど、熱狂的なあの子たちが行ければいいな、ってつい考えちゃうのも、これもバカ(笑)。

 

最近は彼らの曲がクルマの中で頻繁に流れていて、「分かる分かる」って思いながら涙して運転していることもあるけれど(これも、対向車から見たらバカ)、最初はただの流行りでしょ、商業ベースに乗っかっているだけでしょって思っていました。

けれど、よく耳を澄ましてみると、分かりし頃の自分と重なったりするんだよな。

例えば、定番曲らしいけれど「世田谷ラブストーリー」。

http://j-lyric.net/artist/a04fdf2/l030cd5.html

彼女と呑んでいて、「今日は帰るなよ」って言いたい。けれど口から出るのは終電の時間。彼女が「またね」小さく手を振って帰って行く。もしかしたら彼女もその言葉を待ってるかもしれない。このシチュエーション。すごく分かるし、若い頃、そんな経験もしたよな、って。

例えば、「君がドアを閉めた後」

http://j-lyric.net/artist/a04fdf2/l02d57a.html

彼女と過ごした街は変わって行くし、彼女はもういない。けれど、もしも彼女がいてくれたら、今のひとつひとつの出来事になんて言うかな、っていう忘れられない思い。

「さよなら」って言われて「はい、次の人」なんて思えない切なさ。分かるなぁ、って。

 

どこまで歌詞の世界に入っていくんだろう。ときにはどっぷり浸かる日もあって、ときには歌詞の頃にタイムスリップして泣けちゃう日もあるんだけど、目に浮かぶようなシチュエーションの表現がすごいな、と。こりゃ売れるわ。

ただ、今はここに父親目線が乗ることが、また感情を複雑にしています。

 

自分のものじゃないと分かっていても、娘って永遠の片想い。

先日、誰と話したっけな、「ねえ、あなたのお父さんをどうやって見てた?」って聞いて、「別に反抗したわけじゃないけれどフツー。けれど、ウチは母親と娘3人だったから、仲間に入れなくて、ちょっとかわいそうだったかな」なんて笑っていて、あぁ、娘もちゃんと見てるんだな、お父さんも、もしかしたらちょっと寂しさを感じながら、少し距離を置いて見守っていたんだなって伝わってきたような気がします。

このbacknumberの歌詞の世界、親目線ではどう感じるんだろう。

「悪い男に引っかからないで早く帰って来なさい」「女の子に何かあったらいけないから男は責任を考えなさい」とか小言の世界かな。

 

余計なお世話だ。

 

ひとり暮らしを始めればいろんなことがあるさ。恋愛もすれば、失恋もするさ

しかも親が見えないところで起きているのも当たり前じゃん。

そう、自分だってそうだったんだから。

「私、今日kissしてきました」…誰が言うか。

 

渋谷の街を一年歩いて、最初は「娘と歩いてくだらない話ができたらなぁ」なんて思っていたし、今もときどき思う。けれど、親とべったりで歩く姿なんてまず見ることはないし、きっと彼ら、彼女らが、ここで誰と、何をしているかなんて親は知らない。それが「悪い虫」にたかられていたとしても。

 

いつまでも手をつないで歩いていた子どもじゃないんだよね。

後は自分の世界だよ。切ない恋愛もとても大切な経験。そして、やがて父になり、母になっていく。

こんなbacknumberが歌う切ない経験経験もしていくんだ、と頭で分かっていても、もう少し手許にいて欲しいと思うのかな、ってなんとなく思う。それはボクの今のシチュエーションがそうだからかもしれないけれど。