すいません。やっぱりホントはまだまだ苦しいです。
ふと時間ができると思うことは過去のこと。
ここ4年間もキツかったけれど、思いは20年前に遡ります。
思い出さないで、次に行こう、と思えば思うほど、次から次へと思い出んです。
一昨年。イヤ、3年前か。東京に出て、カウンセラーのプロ中のプロが集まっている「長谷川メンタルヘルス研究所」へ行き始めました。
もちろん定期的に通うのは不可能、って考えていました。カウンセリングは1時間1万円。そして交通費。ある程度の収入があっても、どうしても必要でも、経済的に成り立ちません。
けれど、当時お世話になっていた地元のカウンセラーに勧められて、まずは行ってみることにしたんです。
そこで最初に例え話として「ピンクのゾウ」の話を聞きました。
「目をつぶってください。
では、これから言うことをやってみてください。
『ピンクのゾウ』以外のことをなんでもいいから考えてみてください。」
一生懸命ピンクのゾウ以外の考えようとするんですが、どうしても頭の片隅にピンクのゾウが思い浮かんでしまう、という体験をしました。
後で聞いたら、割と有名な例え話なんだそうですね。
意識すればするほど、頭から離れない。だから、無理に忘れようとすると、却ってその存在が強い印象になる。
20年前、眠れないことから心療内科に通い始めて投薬を受けるようになりました。
どんどん薬が増え始めて、元々自分の問題なのか、投薬量の問題なのか、分からなくなったまま、15年が過ぎていきました。
夜寝付けないどころか、昼間の仕事中もぼーっとしていて、仕事はしていたけれど、能率は上がらないし、こんな自分が嫌で嫌で仕方がない15年が過ぎていきました。
転院を勧められる機会があって、一気に減薬。
霧が晴れたようになりました。
よし行ける!15年の悔しさを取り戻すんだ。
けれど、その年は、教員としての仕事も高校2年生の担任。
前の年に大きな問題が起こって引きずったままだったし、新たな問題も連発しました。
その一方で、家の中では、想像もしていなかった娘の不登校が始まっていました。
新たな苦悩が始まりました。
15年の悔しさを取り戻すつもりが、今度は違う苦悩の4年間を過ごしました。
紆余曲折があって、残念ながら昨年、離婚。
本当に大事に思っていた娘たちを失い、33年つきあってきた妻も失いました。
その結末は、たった1人になった惨めな自分でした。
焦った代償は大きかった。
そして、また別の苦悩の20年目を迎えています。
頭にあるのは、いくつかのタイミングで、きっと間違えた自分の選択。そして考え方。
まさしく「ピンクのゾウ」状態。
考えないようにしようと思えば思うほど、次から次へと浮かんでくる自分。
昨日はボクの勤務先は入学式でした。
下の子は、今年高校の入学式を迎えました。自分の仕事の関係上、物理的に出席はできなかったろうけれど、祝ってあげたい娘はいないし、連絡も来ません。
目の前の式を、自分の分担だった放送の進行をしている中で、胸が苦しくなりました。
出たかった。祝いたかった。笑っている顔が見たかった。
でも、叶わないんだから、目の前の仕事に集中しよう。
入学してくる子たちにとって、一生に1回の行事だから、失敗は許されません。
けれど、放送担当として、進行に集中すればするほど、連想ゲームで浮かんでくるのは…。
完全にピンクのゾウ状態でした。
帰ってきて、やっぱり寂しくて。けれど、気持ちは消耗しきって。
夕べはそのまま寝落ちしました。22時頃、ストンと寝てしまったようです。けれど、目が覚めたのは夜中の1時半。少しでも休もうと思っても、眠いけれど眠れない。
またこの生活に戻ってしまったか…。
20年前の自分が蘇り、その間の切なかった思い。
そして、ついこの前の4年間の格闘、出来事。
次々と浮かんできて、胸が痛い。胃までキリキリする。
かといって、薬でごまかして、またぼーっとした生活に戻りたくないんです。
答えはまだみつかりません。いい方法もみつかりません。
ただ、キツい。
けれど、そんな20年を知っている人もいないし、自分の中にしかないです。
将来は見えない。だから、考えないことはできます。けれど過去は「お前、よく頑張ったよ」って自分で自分を褒めようとしても、あるには目の前にある、ぽつんとした自分。
「大丈夫!行けるよ!」ってポジティブを装っても、生活をしていると、何につけ触発されて、連想ゲームのように過去が浮かんできます。
これが正直な自分。背伸びして、大丈夫なフリをしている。悲しいし、腹立たしい。
とは言え、本当に大切に思っていた娘たちも出航している。
ボクも、出航はした。けれど、今はまだ、本当にポジティブな自分にはなれていません。
職場もいろいろあった分、決して居場所にはなっていません。とりあえず笑っているけど。
今日はとても前向きなことは書けませんでした。けれど、やっぱり今日が始まります。
映画ならエンドロールが流れて欲しい。けれど、物語は続くんです。
消えてしまいたいけれど、生きることだけは決めたから。






