昨日、メールに目を通す中で、デジタル版朝日新聞の「天声人語」に目が止まりました。

「卒業の日に」

http://digital.asahi.com/articles/DA3S12862024.html?_requesturl=articles%2FDA3S12862024.html&rm=150

その中の一節から。

心の底から自分の先生だと思う1人。長いようで短い学校時代に会うことができたら幸せだろう。

 

ふと思う。ボクにとっての、そんな先生って誰だろう。

ボクは、そんな先生になれているだろうか。

ボクの学生生活を振り返ってみました。優等生的だけれど、いろんな先生にお世話になり、影響を受けてきた、とは言えるけれど、1人だけに絞って深く学んだ、という先生は、大変申し訳ないけれど、思いつきません。もちろん、忘れられない先生、影響を受けた言葉ははいくつもあるけれど。

 

けれど、いつも卒業の時期になると思い出すのは、転校してきてたった1年しかいなかった中学卒業のとき。そこで配られた卒業文集で、ほとんど言葉を交わしたことがない先生のページです。

 

中学を卒業したころ

残念ながら身体の成長は止まってしまいました。

でも、生きている限り、「心」はふくらませていこうと思っています。

そのための栄養は、ただ口をあけて待っていてもダメなので

自分から「糧」を探していきたいと思っています。

 

他の先生方がびっちり「卒業おめでとう」と、ときには著名な方の言葉を引用しながら書かれている中で、大きく丁寧な文字で、書かれていた言葉。何故か心に残って、毎年卒業式の季節だけじゃなくて、ふとしたときに思い出すんです。顔も忘れてしまったのに。

一方で、ボクはどうだったろう。

 

ただがむしゃらにやった初任のころ。最近、その頃の生徒の何人かと再会することができました。その中でも、部活で知り合った子。しかも他校。大会や、合宿であった回数なんて十回もいかないんじゃないかな。けれど覚えていてくれたことが本当に嬉しかったんです。

 

彼女も熱い女だったけど(笑)、ボクも熱かった。

そんな話をしてくれたこともまた嬉しいことでした。

今も、熱いさを忘れたつもりはありません。けれど、「暑苦しい」と言われることもあって、ちょうど良さを探して、今度はそれをテクニックで補おうとしている自分がいることに気づいて、自分を作っているような気がしています。

 

もしかしたら、過去を美化しているだけかもしれません。

数年で子どもたちの様子も変わっていくから、それに合わせて、自分も変化していくのは当然のことだろうと思います。

 

時代に合わせる。それも大事。

けれど、自分自身の軸がぶれたら、何も伝わらない気がするし、先生自身の個性、ボクらしさまで失ってどうするんだ、ということを改めて考えました。

 

先生まで規格化されてどうする。万人受けしなくてもいい。

けれど、伝えたいことには筋が通っている。

知識の量よりも語る本音の深さが、彼ら、彼女らの気持ちに残るだろうし、そんな個性を出せるのが、この仕事ならではの面白さなんだろうな。

 

生徒と本気でぶつかっていた若かりし頃。指導されることが面倒くさくて、諦めが入りかけている昨今。やっぱり無難に過ぎていく自分は嫌だな。きっとそれじゃナンバーワンの先生にはなれないだろうけれど、あいつは変わってた、って言われてもいいって思っちゃダメかな。